これで安心して歩くことが出来る。
草むらで音がしたりしたものなら一目散で逃げなければならない。草むらと僕の間には遮るものは何もないのだから。だけど今日からは違う。草ぼうぼうのエリアと僕が歩く整地したエリアとに、高さ180㎝のフェンスが取り付けられた。おまけに、周囲をフェンスで覆ったから、360度フェンスで守られることになった。出入口さへしっかり閉じていれば猪が入ってくることは不可能だ。
昔、娘が大学時代を過ごしていた神戸の街の坂道を歩いていた時に、イノシシに遭遇したことがある。当時はまだ牛窓に猪が出るなんてことはなかったので、予備知識はなかったが、こちらが何もしなければ危害は加えられないとインプットされていた。確かに何事もないように近くを通り過ぎていった。いまだ忘れられない経験だ。
都会の人慣れした猪ならいざ知らず、このあたりの田舎者の猪がどれだけ人間に免疫を持っているのか分からない、下手に遭遇したくない。車で遭遇したことは何回かあるが、歩いている時に至近距離で冷静を保てるか自信がない。これは猪だって同じだろう。恐怖のあまり襲ってくることがないとは言えない。
フェンスが出来上がるまで、毎日のように新しい猪の足跡が見つかった。整地して草一本生えていないにかかわらず、その下に何かごちそうを感じるのか、掘り返した跡も毎日のようにできる。モグラの土盛で埋めてやればつじつまが合いそうな光景が毎日繰り返されていた。人が暮らしている所かわわずか数十メートルのところで毎夜繰り返されている動物たちの営みに、驚きを隠せない。一度は追いやった自然を、向こうが押し戻してきている。今が時代のどんな過渡期か知らないが、人が生涯を終える短い期間でも、こんなに変わるのだ。