勇気

 本当に辛い選択をさせてしまった。結果的には勇気を出して言ってもらえて助かったのだが。
 クレープの店を手伝ってもらっている若い女性に手渡した給料袋の中に、当然入っておくべき1枚の5000円札が抜けていたみたいだ。明細より5000円少なかったと言うわけだが、それを「5000円入っていなかった」と教えてくれたのだ。客観的に証明できるものがあればいいが、田舎の薬局の作業だから、そんな正確を記したような手段はない。なあなあの世界なのだ。気の弱い人だったら、無かったことにしてしまいそうで、正にこの女性もそのタイプなのだが、本当に勇気を出して言ってくれた。
 僕は当事者ではなかったが、偶然見かけたその光景ですぐに何があったか理解できた。あの優しい子が正直に教えてれたんだと感激したほどだ。もし気弱のまま押し通せば、僕らは過ちを正すこともできなかったし、以後万全を期すこともできなかっただろう。
 よりによって、いつも二人で金額を確認しているところを、怠ったみたいで、得てしてそうした怠慢の時にこうした偶然が起こる。悪意はなくても、むしろ悪意があったほうが表に出やすいからいいかもしれないが、傷つけてしまう所だった。
 この若い女性にはどうしても活躍してほしくて僕がこだわった人で、期待に応えてくれて店を始めて良かった理由の筆頭に挙げている。こちらの手落ちがある意味、彼女の成長を確認したような結果になった。
 能力や人格を発揮できずに社会に埋もれている人はいっぱいいるに違いない。僕らみたいに経済的に非力な人間に出来ることは限られているが、こうした感動を拾い集めて共に生きていくことはできる。
 「とても良くしてくださっているので、言いにくかったんですが、勇気を出して言いました」僕には、この言葉以上の収穫はない。

https://www.youtube.com/watch?v=nY4_V6xfIDs