敷居

 別に今日の僕を予想してのことではないだろうが、いやそんな予想をする人などまずいないが、二人が助っ人に来てくれた。おかげで母も幸せ、僕も仕事に専念できた。 裏の引き戸から入ってきたその女性(僕が幼いときから住み込みで働いてくれていた女性)に母が先制攻撃をかけた。「まあ、なんちゅうお腹をしとんじゃろう、よう太って」間を空けずに「まあ、そのズボンがええが、汚らしい」さすが自分の姑を何年も世話した人だけあって、その程度ではひるまなかった。ひるまないどころか、結局8時間近く母の傍にいてくれた。階下で仕事をしている僕にも、トイレの世話までしてくれていることが分かった。その上、昼過ぎに近所の寿司屋が寿司を配達してきたからどうしたのだろうと思っていたら、その女性が母だけではなく、僕ら全員のも含めて注文してくれたものだと分かった。  昼前に、かの国の女性が一人でやって来た。手には僕の家族全員が昼食として食べるに充分な量の料理を持っていた。独特のかの国の香辛料が香るが、その気持ちはいつもながら有り難い。結局二人の来訪者の食事を頂くことになったのだが、食事だけではなく、例えばかの国の女性は母に手作りのすだれを作るのを教えてくれたりして、長時間一緒にいてくれた。次から次へと溢れ出る意味のない言葉を延々と聞かされるのはかなり苦痛だろうが、よくぞ辛抱してくれたのだと思う。帰り際、僕はもちろんだが、娘もかなり深々と頭を下げてお礼を言っていた。 とにかく仕事ばかりしてきたので、日常の敷居のないつき合いは誰ともほとんどしてこなかった。ところがかの国の若い女性達が「勝手」に2階まで自由に上がってくるようになって、その敷居はなくなったような気がする。そのおかげでこうした人達の飾り気のない親切に出会うことも出来だした。  実は今日何の偶然か、昼ご飯の10分くらい以外は漢方薬の相談を受けたり調剤したりしていた。二人のおかげで家族全員が仕事に徹することが出来たが、二人に助けられたのは実は僕だったのかもしれない。