脚本

 顔をくしゃくしゃさせて終始笑い続ける表情は勿論覚えがある。幼い時の可愛らしいあの顔を老けさせるとこうなるのかとしばし見入っていた。感慨にふけっていたのはこちらだけで、向こうは迷惑だ。本題を脚本風に再現してみる。地元の人間の漢方相談なんてこの程度だ。勿論、カウンターを挟んでの立ち話だ。

「久し振りじゃなあ、大きくなったが」 「そりゃあ子供もおるんじゃから。ところで今日来たんは漢方薬を作ってもらおうと思って来たんじゃ」 「どうかしたの?元気そうだし、幸せそうじゃない」 「もう半年くらい下痢ばかりするんじゃあ。毎朝4,5回は必ずする。仕事に行っても結構するし、待ったなしじゃから会議なんかがあるとかなり怖い」 「何か思い当たることがあるの?大酒飲んでいるとか、ストレスとか」 「別にないんじゃけどなあ」 「幸せ一杯?」 「そんなことはないと思うけど、不幸だとは思わんなあ」 「絞め殺したい奴でもおるの?」 「いや、そんな人はおらん」 「しゃあけど(だけど)自分ちょっとイライラしてない?歯ぎしりくらいしているんじゃないの?」 「そうなんじゃ、よくわかるなあ、嫁さんが歯ぎしりをしていると良く言うわ。訳がわからんけど、イライラもするんよ」 「自分、お腹がひょっとしたら鳴らない?」 「ものすげえ(とても)鳴る。困っとんじゃ」 「だいたい分かった、近いから10日分だけ作る」

10日後に来た彼の言葉。「9割くらい治ったと思う。もう10日分作って。それだけのみゃあ(飲めば)10割になると思う」

 難しく考えなければ過敏性腸症候群なんてこんなにたやすく治る。下手に病名を告げたりもったいぶった応対などしようものなら本物に移行してしまう。もっともそれを期待している業者が鵜の目鷹の目で待ちかまえているらしいが。