増殖

 同業者として良く分かる。その時の屈辱感はどれほどのものだっただろう。僕なら絞め殺しているかもしれない。 何が切っ掛けでそんな話になったのか忘れたが、いやセールスは喋りたくてうずうずしていて、計算どおりにその話題に誘導したのかもしれない。何か興味をひく話題を一つでも仕入れておかないと、セールスも売り込みのチャンスを作れないから必死だ。  彼が毎月訪問しているある薬局?で、そこの店主が嘆いていたのだそうだ。ある方の健康相談にのっていて、最終的にお勧めの品に行き着いたらしい。レオピンという滋養強壮剤らしいのだが、あとはそれを渡すだけだったらしい。ところがその相談者は、やおら携帯電話?スマホ?を取り出すや、今流行りの指で画面を撫でる仕草を繰り返したあげく、「安い値段で売っている店が見つかったんで、そちらで買います」と言って出ていったそうだ。  これには店主も開いた口がふさがらなかったらしい。人情もここまで落ちたかと思うようなエピソードだが、さもありなんと思う。大手電気店がショウルーム化して結局はネットで買われると嘆いていたから、着実にその様な行動パターンは進行しているのだろう。それが小さな個店で行われたから、そのドライさが際だち、セールスにとって、とっておきの話題になったのだろう。 夏に、ある夫婦に母の家を貸すことになった。先日下見に来たときに奥さんが、東京の最寄り駅まで歩いて5分の所に住んでいるらしいのだが、「駅までの往復10分の間に、必ず不愉快なことに出くわす」と言っていた。放射能のこともあるらしいが、幾多の便利では補いきれないほどの不快さが最早限界に達しているらしい。  田舎だから人がよいとは必ずしも言えないが、比較するなら田舎の人間の不器用な善意は都市部の人間を圧倒すると確信している。それがあるからこそ田舎を離れない人達がまだまだ一杯いるのだ。 下手をすれば絞め殺してやりたいような人間に絞め殺される。繁殖力の強い未熟な生き物が増殖中だ。