下道

 グーグルマップで調べたら、高速道路を使おうが、下道を使おうが5分と違わない。従来は先入観で高速道路を使っていたが、ちょうど牛窓と赤穂の真ん中あたりにある日生から漢方薬を取りに来られる方が、「下道で十分じゃ」と教えてくれたので、下道を行くことにした。
 下道と言っても昔からの下道ではなく、いまはブルーハイウェイと言うバイパスが延びているからそれを終点まで走り、従来の県道に合流すればいいと、作戦を練っていた。ブルーハイウェイは東に行くときは必ず利用する道だが、途中で山陽自動車道に上がるため、終点までは利用したことがない。
 ナビに導かれるままに走っていたら、グーグルで見ていたのとは違い、途中で右折する案内が出た。終点は直進だったが、赤穂に向かうには右折しなければならない様だった。ただ信号機も右折の道路標識もなかったので行き過ぎてしまった。
 車があまり通らないから折を見て引き返したのだが、その曲がるべきところを左折すると(引き返したのだから左折になる)すぐに急な坂が現れ、この先道路が狭くなるような看板が目についた。そして左右から大きな木が空を覆い、まるでトンネルのように薄暗くなっていた。
 これ何の道?と地元の人でなければ余程勇気がないと入ってはいけない。同乗していたベトナム人もさすがに騒ぎだした。運よく僕は勇気を持っていないから、再びUターンして、山陽自動車道に向かった。
 車一台しか通れないような道路、それも急な坂道を進んでいたら、赤穂に本当に着けるのかも疑問だし、赤穂どころか崖の下にでも着いているような気がする。
 高速道路はまだまだ兵庫県の西は空いていて快適に走れた。そして料金所を出る時の案内が「料金は270円です」
 僕は270円のために、崖下に向かって走っていたのかと可笑しかった。あそこで引き返していてよかった。運が悪かったら、270に〇がいくつついていたか分からない。

 

サル痘の恐怖。コロナとのダブルパンデミック!やっぱりヤケクソになりたくなる。コロナを無視してもこれを無視したら大変な事になるぞ。。。安冨歩東大教授。一月万冊 - YouTube

隠れ家

 口出しをすると嫌われるから、ほとんど事後報告だけだが、いや事後報告もほとんどないから、ドッグパークの開店についてもほとんどわかっていない。今日尋ねてみたら、来週の土曜日みたいだ。
 当分はドッグランは土曜日と日曜日だけ。クレープは第1日曜日と第3日曜日だけ営業。決して暇でもない薬局の娘がするのだから、さもありなんと思うが、早く専門のスタッフに任せて、世間並みの営業になったらいいのにと思う。
 看板もないし、ほとんど営業もしないのだから、誰が利用するのだろうと思うが、それでもいいのだろう。そもそも僕がそこの土地を買ったのは、イノシシが県道沿いまで出てくる基地みたいになっていたし、見るからに太陽光発電に利用されそうだったからだ。どちらも好ましくないが、農家でない僕が土地を買うには事業をやるのが条件だから、娘が考えた業態だった。
 さすがに僕は半世紀近く、田舎で生活を成り立たせるために懸命に働いたが、娘たちはそうした体験はない。そうした体験から、少なくとも投資した金額は回収したいと思うが、今の計画では、僕が200歳くらいまで働かないと回収できない。
 世のため人の為と思いそれはもうあきらめてはいるが、ドッグランにもひょっとしたら「隠れ家」的なものを目指しているのかと疑いたくなる。今はあまり言われなくなったが嘗て「隠れ家的な」お店がテレビなどでもてはやされていた。僕などそんな贅沢は言えなくて、少しでも目立つように工夫して頑張ってきたが、隠れながら生活の糧を得るなんて余裕だなあと思ってしまう。
 どうやら我が家のドッグランも「隠れ家」的なドッグランを目指しているらしい。しかし、そんなことを目指さなくても、自然とお隠れになりそうだ。隠れすぎて誰にも見つかりそうにない。気がついたら白衣を着た老犬がフェンスの中を朝夕徘徊しているかもしれない。1時間1100円払って。

 

【ノーカット】山本太郎代表は東京都選挙区から出馬へ・れいわ新選組記者会見(2022年5月20日撮影) - YouTube

出来事

「わしは、どう見ても88歳には見えんじゃろう!」と意気揚々というおじいさんに、それも薬局に客としてきている人に、「88歳に見える」と答えられる薬剤師は、日本広しと言っても僕だけかもしれない。
 おじいさんには気の毒だが、日焼けした顔にしわだらけで、腰も曲がりかけている。これで「えっ!88歳?そんなには見えないですね。70代かと思った」と言わせたかったのだろうが、僕はおべんちゃらは決して言わない。ましてその男性のように、理不尽な要求をする人間の相手をする暇も気力も余力もない。
 入ってくるなり病院でもらったであろう薬を出して「この薬を飲むと胸やけが止まって、幸せないい気分になる。これを頂戴」と言ったのだが、その薬は言わゆる処方箋薬で、売買の対象にはならない。そのことがえらく理解できないみたいで、何回も繰り返し説明した。その中で例の88歳問題が出てきたから、こことぞばかりお返しをした。
 88にしか見えないと言われてから、急にトーンが下がって帰って行ってくれたが、あの理解力は90歳代だ。どんな幸運が重なって、どんな環境に許されてあのようなつまらないことが言えるのか分からないが、哀れなものだ。相手に答えを強要したりするものではない。45年薬局にいて初めて見た人だった。牛窓の人か隣の岡山市の人か分からないが、45年間の人との接し方が正しかったことを裏付けてくれるような出来事だった。

 

2022_05_19_水道橋博士×長谷川ういこオンライン対談 - YouTube

放送塔

 仕事を始めて小一時間でも経っただろうか、突然けたたましく放送塔が鳴り出した。平生は市上げての行事の連絡か、子供会の夕方5時の家に帰ろうと言う呼びかけしか使われないから、みんなが驚いた。ただサイレンの音は今まで聴いたことがない音で「かなりうるさかった」
 1か月くらい前に、裏山に設置している放送塔の向きを直したらしくて、そもそも聞こえにくくなっていた。ハウリングが激しいのだ。だからサイレンの後何か連絡しているのだが、なにも聞き取れなかった。結局は何もわからずじまいだったのだが、妻などは地震警報と思い怖かったみたいだ。
 そのうち薬局に来たあるお母さんが「子供が、明日津波警報が鳴り、避難訓練をする」と言っていたと教えてくれた。津波警報は、ユーチューブで聞いた東北の大地震の時の音しか知らないから、新たな音に変えたのかなと思ったが、もしかしたらハウリングで聞いたこともない音に変わっただけだったのかもしれない。いまだ確証は持てていない。何よりもうるさいだけで、汚部が危機感をあおるために、北の将軍様を利用して、空襲警報を全国に鳴らさせたのと同じことが又起こっているのかと、一番不愉快なことを想像した。
 小学生が母親に伝えた津波警報だったら全く問題ないが、「プー沈、一緒に同じ未来に向かって走ろう」とラブコールを繰り返した汚部の目論見だったら反吐が出る。気弱な人間が煽って煽って、勇気ある人間が死ぬ。汚部とプー沈の似ていることはなはだしい。よーく見てみること。国に殺されないために、鉄は熱いうちに打て!

 

【うぉぉぉ〜!】水道橋博士、れいわ新選組より参院選出馬!azs!! 得票の上積みに期待大デス。 - YouTube

強心剤

 2時間花畑での撮影会(自撮り)に時間を上げていたのだが、さすがに広大な畑にポピー1種類しか咲いていないから飽きたのか、1時間半で車に帰ってきた。これは僕にとって幸運で、牛窓に帰ったのが12時半だった。広島県境までだから高速を往復したが、午後からは僕の時間になった。
 朝8時に出る前から4人の漢方薬を作らなければならないことは分かっていたが、夕方のクロネコの集荷には十分時間の余裕があった。休日漢方薬を作る時には、ユーチューブでひと月万冊を聞きながら作る。僕には至福の時間だ。休日に仕事をしている悲壮感はなく、むしろボリュームを一杯上げて、まるでBGMのように知的な会話を誰にも迷惑をかけず堂々と聞ける。ながら勉強ならぬ、ながら仕事だ。だから時間などあっという間に経ってしまい、時間を追うこともない。時間が消えると言ったほうがいいかもしれない。
 平日には追い込まれると漢方薬の強心剤を飲みながら作ることもしばしばだが、休日は誰にも邪魔されることなく、年相応以上の仕事ができ知的な楽しみに浸れる。仕事が楽しみに変わる。元々嫌いではないが、力量を超えるとさすがにしんどくなるから、休日の「作らなくてもお叱りを受けない」状態での仕事はは確かに楽しい。
 30分ベトナム人たちがくれたおかげで、今更そんなことを再認識した。
 

インスタグラムを始めました。不器用ですが見てください。

 

 
 
 
 
 
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最先端

 やっとこれで僕も時代に追いついた。
 今日、漢方の会社の専務さんがデジカメをくださった。「写し方が分かりますか?」と言われたので、シャッターを押せばいいだけかと思ったが、そうではなかった。色々なことが出来るらしくて、少し練習してみたが、色々なことは出来なくていいから写真が撮れる方法だけを教えていただいた。
 おそらく僕の人生でカメラを持ったことはないから、人生で初めてのカメラかもしれない。誰も撮りたくなかったし、いつも撮られたくなかったから必要なかったのだ。だから母が作ってくれた幼い頃のアルバムにはほとんど足されていない。
 そんな僕が今なぜ敢えてカメラを手にしたかと言うと。いや実際にはカメラを手に入れるつもりは全くなかったが、そんな僕を見越して専務さんがご自分のいらなくなったデジカメを持ってきてくれたのだ。あまり価値の分からない僕に「買ったときは高かったんですよ」と言ったから、価値あるものなのだろう。ただご自分はスマフォがあるから必要ないと言っていた。ありがたいことだ。
 話がそれたが僕が写真を撮る理由は、隣にできたドッグパークの写真を僕のホームページに載せようと思ったからだ。以前そのような作業は姪がやってくれていたが、今はいないので自分でやるしかない。写真を撮って文章を書いて、専務さんに送れば専務さんがホームページにアップしてくれるらしい。その前段をすべてやることになったから、今日わざわざやり方を教えにやってきてくれた。
 紙に詳細に作業順序を書き込んだから出来ると思うが、いつかホームページでデビューしたいと思っている。と、ここでふと思いついたのだが、時折、皮膚病の相談で写真を添付してくれる方がおられて、ただただ僕は尊敬しているのだが、ひょっとしたら僕もデジカメが手に入ったから出来るのではないかと。もしそうなら僕も時代の最先端を走ることになる。

 

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現実

 これが西部劇の拳銃による決闘だったら、完全に僕は撃たれているだろう。およそ0.5秒の差で。
 近所の老人が何やら手にしてやってきた。それを見せながら「老人会の決算書をみんなに見てもらって承認をもらわんといけんのじゃ。大和さんも承認してえ」と言った。理解までに0.5秒はかかったが、その0.5秒をその方が察してくれて「大和さん、今年から老人会なんよ」と教えてくれた。
 僕が老人会?と言うのが0.5秒後の感想なのだが、事実は受け止めなければならない。僕の頭にはそんなことはみじんもなかったので、衝撃と言えば衝撃だった。まだ半世紀くらい先の話くらいにしかとらえていなかったので、不意打ちを食らった。
 思えば、客観的に見てそうなんだなと思わされることは何度もあった。昨年、おばあちゃんに連れられてきた大学生が家で僕のことを「おじいちゃん先生」と呼んでいるらしいし、もう何年も前に教会でフィリピン人におじいちゃんと呼ばれた。ベトナム人にも呼ばれたから、彼らの国ではもう僕はおじいちゃんなんだと思ったことを覚えている。
 僕はこの20年、100人以上のベトナム人に常に「お父さん」と呼ばれてきていたから、それに慣れ過ぎて客観的な評価を見逃していたような気がする。もうすぐ最後のベトナム人グループとお別れすれば僕をそう呼ぶ人はいなくなる。そうすればおじいちゃんのほうが自分でも受け入れやすくなるかもしれない。「心は二十歳、体は80」と言うギャグを長年使ってきたが、もうすぐギャグではなく現実に変わりそうだ。

 

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