大丈夫

 10分くらいは押し問答をしたと思う。僕は危険だから帰るなと言うし、向こうは大丈夫を繰り返すし、結局は明日出勤のために自転車がどうしても必要だからと言うことでこちらが折れた。  1ヶ月くらい前に、妻が教会に連れて行ってあげた若い女性3人が、その時の教会の親切にお返しをしたいと言って、手作りのお餅?を持ってきてくれた。大きなのを3つ作って教会の人に食べてくださいとのことだった。小さく切れば小さな教会の人全員に行き渡るだろうが、実はこのお餅を作るのに4時間くらいかかることを以前ご馳走になった時に聞いて知っていたから、手間が大変だっただろうと思った。恐らく仕事から帰った後、明日のミサに間に合うように一所懸命作ってくれたのだろう。そのお礼やねぎらいの言葉をかけているうちに、話が弾んで1時間以上時間が経過した。偶然かもしれないが3人とも日本人によく似た顔をしていて、礼儀正しくて謙虚だから、僕も仕事の手を休めて話し込んでしまった。 そうしているうちに一人の女性が雨の音に気がついた。来るときには雨は降っていなかったし、雨は夜にかけて次第に上がるという予想だったので、みんなが安心していた。次第に雨は激しくなり雷も鳴り始めた。ところが彼女らは平気な顔をして帰り支度のために合羽を着始めた。遠くで聞こえる雷ではなく、かなり近いところのような気がした。危ないから車で送っていくと何回も妻と申し出ても首を縦に振らない。大丈夫、大丈夫を繰り返すばかりだ。意志が硬いので、それだったら雨や雷が止むまで薬局で待っていたらと言っても、がんとして首を縦に振らない。結局は根負けして、気をつけてと何の安全策にもならない言葉をかけながら見送った。寮に着いてから電話をくれると約束して帰っていったが、その間の10数分が心配だった。  それにしても毎日スコールがやってくる国の人は、雨や雷に強い。この程度なら安全と見極めるものを持っているのかもしれないが、僕らの常識からしたら勇気がある人か無謀かのどちらかだ。国柄なのか、人柄なのか知らないが、可愛らしい若い女性の後ろ姿に、逞しさを感じたりする。どこかの肥満した超大国もこれでは負けるわと、半世紀近い昔のことを思い出した。