生業

 入ってくるなり、僕は彼が誰かすぐにわかったが、彼は自分で名乗ってくれた。人懐っこい顔は当初お世話を始めた頃そのままだ。僕だけ時間が経っていて、彼はほとんど止まっているかのようだ。カルテで確かめたらもう10年以上来ていない。ただし、煎じ薬はお父さんかお母さんがきっちり取りに来ていたから、飲み忘れることもほとんどなかったのだと思う。
 すこぶる真面目に飲んでくれていたが、病気が病気だけに単なる惰性か気休め程度に飲んでくれているのかと思っていた。ところが10数年前とは明らかに違う。声も大きく、よく喋り、よく笑う。おまけに歩き方も全く違和感がない。初対面ならどこが悪いのだろうと思うだろう。
 まったく予想していなかった姿が僕は滅茶苦茶嬉しかった。まったくの不意打ちで現れたからなおさらかもしれない。当初、お父さんに車で連れてきてもらっていた。運良く喋るのには不便はなかったが、足と手が不自由だった。顔面の痛みも訴えていた。本来、体格がよくて快活で、元気すぎるタイプだったらしいが見る影もなかった。薬局に来てくれたのは最初の数回だけで、後はご両親がかわるがわる取りに来られた。ご本人は車に乗れなくなったから、仕事も当分休んでいたらしい。
 会社の配慮で仕事に復帰できたこと。会社にはバスで通っていること。動きが不自由なことなどを報告されていたが、そのうち何も言わなくただ薬を持って帰るだけになった。僕は効果を感じてもらえなくて申し訳ないと思いながらも、心の小さなよりどころくらいにはなるのかなと思いながら煎じ薬を作らせてもらっていた。
 それが自分で車を運転してきて冒頭のように元気いっぱいだから驚いたし、本当にうれしかった。無口な親御さんだから回復ぶりを教えてくれなかっただけの話で、顔面の痛み以外何の不自由もないらしい。
 脳梗塞で退院してすぐに漢方薬を取りに来てくれたからお手伝い出来たのか、親御さんの愛か分からないが、様子を教えてもらえないまま作り続けたとても珍しいケースだったので、肩の荷が下りてほっとした。効かない薬を作り続けていると言う、ほとんど後ろめたさに近いものがあったので。
 およそ薬は確率の問題だから、よほど度胸がないと生業にはしづらい。

 

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