散策

 ヤマト薬局には珍しい、大学の先生という肩書きを持っている方から、京都の和菓子をお土産に頂いた。どんな物なのか僕には分からないが、包装や手提げ袋からして高級そうだったから、有名なお菓子なのかもしれない。僕は頂いた瞬間から、母にお土産に持っていこうと決めていた。施設に入れた後ろめたさから、手ぶらでは訪ねていけない。と言って喜んでもらえるような物もないから、毎回些細なおやつを持っていくことにしている。 自分から評価を口にするようなことはもうできないが、こちらが「美味しい?」と誘導すれば「美味しい」と返してくる。珍しく1個を短時間で食べたから、本当に美味しかったのだと思う。美味しすぎてか、痴呆のせいか、和菓子を包んでいた紙まで口に入れ、余程しわかったのか、呑み込みにくくしているところで僕が気がついて、口から出した。その光景を見て別段悲しくなることもなかった。時に未だ正常な部分が残っているのに施設に入れてしまったのではないかと、折に触れ自分を責めてしまうが、こうした光景に遭遇すると少しばかり罪の意識から解放される。  今日は晴天で、気温も高く戸外が気持ちよかった。施設を訪ねたときに丁度職員に車いすを押してもらい散策に出る入居者3人に遭遇したので、僕も母を連れ出したいと要望してみた。すると許可が出たので、早速戸外に出た。施設から山道を押して少しばかり上がると、ウグイスが鳴くのが聞こえた。母は口笛でその真似をした。そしてその後なにやら分からなかったが、鼻歌を歌い出した。五月晴れの、特に空気が綺麗な場所での2時間に及ぶ散策は、明らかに母の思考回路を修繕したと思う。  又来て、外に一緒に出ようと提案すると硬い表情のままだったが頷いていた。上った坂道と同じ距離を後ろ向きで降りてくる。誰も登ってこない山道だから照れも遠慮もなかった。悲しかったわけでもなく、自責の念でもなかったが、何度も涙が込み上げてきた。