お母さまは入院なんですね。
僕は施設に入れた時にあなたと同じような気持ちになりました。
かなり痴呆は進んでいたと思いますが、それでもどこに連れていくかも言わずに施設に行き、
そのまま置いて帰りました。
今でも思い出すと涙が出て止まりません。5人兄弟で僕がその役目を果たしただけなのですが、
母が好きだった分、本当に辛くて、施設に入れてから数か月は訪ねることが出来ませんでした。
後ろめたさの塊です。
一度勇気を出して訪ねてからは、5年間毎日曜日には通いました。
施設が遠かったのもありますが、せめて訪ねられるときは訪ねないと自身が許されない心理状態でした。
もうしわけなさで、毎回僕が誰かわからない母に謝っていました。
感情を失った母の後ろ姿に、5分に1回くらいたわいもない声をかけ、あの不義理を許して貰おうとしていたのです。
あなたもそれだけの体調不良がありながらも頑張れるのは、僕と同じお母さまがお好きなのでしょうね。
介護の現実は、場合によっては感傷を許さないくらい過酷ですから、あれ以外の選択肢はありませんでした。
多くの先人たちも同じ心境で苦しんだと思います。
僕も貴女も市井にあふれるただの人なのでしょう。