牡蠣

 「これは瀬戸の○○でとった種だから広島や松島の○○とは違うよ。食べてごらん美味しいから。美味しいけれど○○だからむくのは大変なんよ」 さっき剥いてきたばかりだという牡蠣を3袋持ってきてくれた女性が立て続けに説明してくれたのだけれど、専門用語が3カ所あって、意味が余り分からなかった。広島は牡蠣の養殖で有名だから、まして同じ中国地方だから素人でも一目置いているが、松島というのはひょっとしたら宮城県だろうかなんて、何となくの記憶に頼らざるを得ない。恐らく女性が言いたかったのは、牡蠣の種付けを人工的ではなくて自然の方法でやったと言うことではないだろうか。「これは美味しいけれど、剥くのは大変なんよ○○だから」と又専門用語が飛び出した。「こんな事を言ってもわからんわな」と勝手に結論つけて帰っていった。要は、特別な牡蠣を僕に食べて欲しくて置いていってくれたのだ。  牛窓も牡蠣の産地だ。隣の日生という町は牡蠣をお好み焼きに入れた「かきおこ」で今度B級グルメの大会に出るらしい。瀬戸内の養分にとんだ水が牡蠣の生長にいいのかどうか分からないが、僕が牛窓に帰った頃には養殖業者が沢山いた。そして町の奥さん達が冬の間だの仕事として牡蠣むき作業に従事していた。これは結構重労働のように見えた。次から次に水揚げされる牡蠣を1日中寒い小屋に腰掛けて剥き続けるのだ。本当に根気がいる仕事で、熟練も要求された。手首を痛めて腱鞘炎になるし、肩こりは激しいし、冷えて膀胱炎や腰痛に苦しむものも多かった。でも、冬の間だの小遣い稼ぎの需要と相まって多くの女性を集めていた。時代の流れと共に業者の高齢化で撤退が相次いだが、今でも数軒頑張って事業を継続している。その中の一軒に牡蠣むきとして永年勤めている女性が先ほどの女性だ。何十年のキャリアで、名うての牡蠣むきだ。オーナーでもないのに、自慢げにくれたのは、長年培ったプライドの故だろう。  テレビで美味しそうに牡蠣を食べている光景と牡蠣むき女の実際が、流通経路に乗ってそのままにはつながらないが、あの作業場の冷たさ、服にしみこむ臭い、鎮痛薬でごまかさなければしのげない身体の痛み、それらも一緒に届いたらいいのにと思ってしまう。