実績

 電話をとった娘が僕に取り次ぐときに「漢方の相談みたい。外国の人みたいよ。でも日本語上手」と教えてくれた。電話を代ってから1分間くらいは外国の人には思えなかった。娘が勘違いしたのだろうと思って話を聞いていた。ところが確かに何か違う。流暢な日本語だが完全ではない。病気についての相談がほとんど終わったときに「ところで貴女何人ですか?」と尋ねた。相談内容の深刻さとは不釣合いなくらい元気な声で、答えも明るかった。本来なら相手の方がどのような方か、薬剤師的な興味以外は引かないのだが、今日は何となく尋ねてみたい気持ちになった。すると中国人だと教えてくれた。
 僕は中国人とは、数年前まで牛窓の牡蠣の養殖の仕事に来ていた男女しか面識がない。彼らは短期の出稼ぎみたいなものだったから日本語はほとんどできず、交流は生まれなかった。だから実際の付き合いはない。電話の向こうの中国人は、僕が勝手に作っていたイメージとは随分と違っていた。あの日本語のレベルからしたら知的な水準も高いのだろうかと思ったが、そんなことを感じさせない明るさがあった。薬以外の話をしてみようかと思わせるだけの人間味が伝わってくる。恐らく外国で暮らすと言うことはそれなりのプレッシャーがあるのではないか。それに打ち勝つもの、例えばこの女性だったら庶民的な明るさが必要なのではないか。
 かの国の女性たちがしばしば口に出し、滞在中に少しでも上のレベルの合格を目指すもので日本語検定試験なるものがある。あまりにも日本語が旨かったので「日本語検定試験受けたことがある?N1?N2?」と尋ねてみた。すると彼女は「まだ受けたことがないんですが、受けてみたいんです」と言った。この女性なら2級は勿論、1級も勉強すれな受かるのではないかと思った。健康相談をしたら薬剤師が唐突に日本語検定試験の話題を出してきたと、彼女は不思議だったかもしれないが、自然に口から出ていた。
 言葉さえ通じれば僕は外国の人とも会話に不自由はない。好奇心が旺盛なほうではないが、職業柄かなり多くの人と話を何十年もし続けたから、会話することには困らない。仕事を黙々と続けていればとんでもない技術や人間性が身につくことがある。数少ない僕の実績だ。