細道

 12月に入っても蚊の羽音に悩まされる。なんて元気な奴だと蚊にまで嫉妬する。布団をすっぽりかぶって攻撃から身を守るが、やがて息苦しくなって、刺された方がましだと鼻より上を掛け布団から出して覚悟を決める。こんな夜が毎日続いている。キンチョールを枕元に置いて寝ればいいのに、朝にはすっかり昨夜の攻防は忘れている。 シャッターを開ければ朝日が温かく迎えてくれるので、そのまま入り口を開けて営業を始める。薬局内の寒暖計は16℃を示しているから、意外と冷えているのだと数字で理解する。朝のやる気は数字を上回り、戸外で働いている人達との連帯を感じる。  ところがだ、1時間もするとなんだか寒気が足下から感じ始められ、どんどん上昇気流に乗る。あっという間に上半身の筋肉まで硬直させボクサーのように身体を丸めている自分に気がつく。見る見る間に鬱血し肩や首が痛くなる。何と戦っているのだろうと思うが、哀れにもそれは寒さだけとの不毛な戦いなのだ。難しい患者さんが来て知恵を振り絞っている戦いの姿なら格好いいが、何ともはや身体中を冷えに占領されているだけなのだ。やがて硬直は再び下半身にも降りてきて腰がずっしり重くなる。はい、これで終戦。  入り口の自動扉のスイッチを入れ、エアコンの設定を26℃にしてスイッチを入れる。僅か1時間の戦い。あえなく敗戦。ふがいなさに落ち込むが、仕事に支障を来すわけには行かない。何度もこれで失敗している。かつての体力は何時失ったか分からない間になくして、過去のデーターが全く役に立たない。何処まで出来るのかは今現実に進行している事実しか保証はないのだ。情けないけれど昨日の情報はほとんど意味がない。僕の身体もIT産業も同じなのだ。僅か16℃で退散なら、寒さの中で、僕らが想像も出来ない過酷な条件の中で働いている人達との本当の心の連帯なんか出来るわけがない。出来ることは、彼らが成してくれた事への感謝くらいなもの。彼らに仕事に見合う報酬が届くように世の中のシステムを注視するくらいなもの。世はまさに仕分けられた人達の反撃。今までいい目をしてきた人達が、これからいい目をやっとさせてもらえるかもしれない人達をとおせんぼ。「とうりゃんせ、とうりゃんせ、ここはどこの細道じゃ、天神様の細道じゃ、ご用のないものとうしゃせぬ」