誘惑

 学生の頃はしばしば食べていた。ただおかずになるのは焼きそばよりラーメンの方だった。塩分が濃く、汁もあるからご飯が飲み込みやすかったのだと思う。
 学食を1日一回、110円で食べた。唯一まともな食事はそれだけで、朝はインスタントのコーヒーだけ。夜はご飯とインスタントラーメン。アルバイト代が入れば近所の食堂でまともな食事をした。よくも何とか病気をせずに済んだものと、青年期の体力がどれほど素晴らしい物かいまさら驚かされる。
 パチンコ代はあったが食事代はなかった。喫茶店で一杯のコーヒーを飲む金はあったが食事代はない。倹約できるものは食費だけだったから、目いっぱい削った。一時は学食代もなく、ご飯に塩をかけて食べていた。空腹が満たされればそれでよかった。元々田舎者だから美味しいものなどほとんど食べたことはない。塩辛い卵焼き、魚の塩焼き、そんなもので大きくなった。漁師町で魚を食べて培った体力の貯金で大学時代の5年間を過ごした。ただし、卒業するころには体力も底をついていたと思う。
 牛窓に帰ってからはさすがに3食まともに食べられるようになった。昨夜、隣町に行く用事があり、帰路スーパーに立ち寄った。入口にインスタントのカップ焼きそばが山のように積まれていた。ふと魔が差したのか、何十年も食べなかったのに、それに手が伸びた。さすがに薬剤師だから、それに手が伸びるのは魔がさしたとしか説明ができないのだ。ただ何となくノスタルジックな誘惑もあり、今朝それを食べてみた。
 何十年後の再開。出来立ての瞬間、僕が発した言葉は「臭いなあ」化学物質の香りが鼻を突き、おいしいとは全く感じなかった。もったいないから最後まで食べたが、当時の感動は呼び起こされなかった。空腹を埋めてくれ、なおかつ美味しいもの。当時の環境こそが作り出した僕にとっての幻の一品だったのだろうか。こんなものを当時ありがたがって食べていたのだろうかと情けなくなった。「おいしい」ものの象徴だったはずなのに。
 ただ僕は知っている。今でも、まるでおやつのように食べるのではなく空腹を埋めるために食べざるをえない人が多くいることを。僕と同じような青春を送っている人が多くいることを。ひょっとしたら青春どころか壮年期や老年期にも僕と同じ目的で食べている人が多いことを。
 ただ、インスタントラーメンや焼きそばで、体が養われたと聞いたことはない。体力に貯金がない人はやはり避けた方がいいと思う。

 

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