ある処方箋を持ってくる男性。市民病院が合併して牛窓からなくなった頃からだから数年になる。
患者は医者にこんなに偉そうに言うのかと言うのを教えてくれた人だ。医者にならなくてよかった、いや、正しくは「医者になれなくてよかった」と思った瞬間だ。
長い間、顔の皮膚病が治らなくて通院している。僕はその顔を見ただけで酒の害だと分かった。酒をやめなければ治らない。お医者さんは当然正しい診断をされていて、正しい薬を処方している。ところが怖そうな彼にはお医者さんは「酒のせいだからやめろ」とは言えないみたいだ。と言うのは僕がそれを言うと、「医者にはそんなことを言われてねえ(ない)」と答えたから。処方箋を持ってくるたびに病院での受け答えを再現して教えてくれるが「そんな怖い顔をして、そんな怖いことを言ったらお医者さんも怖がるじゃろう」というと、これがまんざらでもない顔をする。気が弱い人間に限って偉そうに振る舞う典型だ。
薬の待ち時間彼と雑談する。僕の知らないことをよく知っている。昨日は、どんどん荒れ地が増えている話をした。登場するのは決まって猪と鹿。一昔前のタヌキはすっかり姿を消した。
牛窓に猪が増えて、駆除を頼む農家が多い。ある日、知り合いのお百姓が猪を檻で捕まえたから見に来いと誘ってくれたらしい。見に行くと大人の猪とうりぼーが捕まっていた。今は電気のヤスを檻の外から突き刺して息の根を止めるらしい。
一度刺したが大人の猪が死ななかったのでもう一度猟師が止めを刺そうとすると、うりぼーがなんとも言えない声を出して泣き始めたらしい。彼はかわいそうでとてもその場におれずに、急いでそこから退散して家に帰ったらしい。鳴き声をまねようとしてその場を思い出したのか、あの怖い顔で涙ぐみそうだった。獣でも親子の愛情は深く人間と何ら変わらないだろう。そのことに思いをはせて言葉に詰まったのだと思う。
「人間には偉そうなくせに、動物にはえらい優しいなあ!」と言うとはにかんでいた。鬼の顔にもうりぼー。