複雑

 まあ、嘘でもかわいいものだと思いながら要求をのむことにした。
 数日前の夜、他の工場の友人が病気らしくて、漢方薬を作って届けた後、半信半疑で、スーパーの買い物の様子を垣間見た。その時の光景でひょっとしたら本当の話かとも思えたので。
 コロナの影響で、会社の仕事量がかなり減って、週休4日の生活を送っている。当然収入は減っているらしくて(給料の85%は保証してくれるらしい)
残業代で稼いでいたのが吹っ飛んで、実入りはかなり少ないらしい。それでもけなげに仕送りは欠かさないみたいで、質素な生活を送っている。日本語がわかる女性が説明してくれたが「タマゴ イッパイ タベル」の言葉通り、たんぱく質は卵で摂っているらしい。実際に夕食時にお邪魔したことがあるが、ゆで卵と自家菜園のおくらだけだった。ベトナム人は鶏肉をよく食べるが、それも1か月食べていないそうだ。 
 「ヤキニク タベタイ」と本気か冗談か分からない言い方を何回も効く羽目になったので、いつかはと思っていた矢先、10連休を利用して、寮の草を半分くらい抜いてくれた。半分と言っても370坪の半分は草ぼうぼうだからかなりの労力で、一昨日朝の3時起きで8人がかりで草抜きをしてくれた。国では全員農家の人だから手際はほれぼれとするくらいで、手を入れてくれた場所はとてもきれいになった。焼き肉をプレゼントする理由ができたので、自尊心を傷つけないで済むと思い、今日僕がハリ治療を岡山の友人にしてもらうついでに一緒に買い出しに行った。
 妻が夕方いないから僕も夕食を兼ねることにした。だから条件は油の少ない柔らかい肉。これを伝えていざ肉のコーナーに直行。今までに一度だけ僕は肉を買ったことがあり、その時に一番いい肉を係の人に選んでもらったから、買うべきものはすぐに見つかった。岡山産の和牛肉だ。僕を含めて9人で食べるのだが、僕はおそらくそんなに食べられないから、実質は8人分だろう。見当がつかないから適当にいくつかかごの中に入れて、あとは自由に好きなものを買うように言って車で待っていた。
 20分くらいして4人がビニール袋を持って車に帰ってきた。僕が渡していたお金であの肉がそんなに買えるのかと思っていたら、例の肉は1パックだけにして、あとは全部豚肉の薄く切ったものや、骨付きのコラーゲンしかないようなものに変えていた。どうりで「大量」の肉に変われたはずだ。
 せっかく牛肉を食べてもらおうと思ったのに、どうして豚肉に変えたのと尋ねるとベトナムでは牛肉はとても高くて、あの値段は1か月の給料と同じだったそうだ。あの肉をベトナムで食べれるなら、家族そろって嬉しくて騒ぐのだそうだ。つたない日本語だから適切ではないが、要はもったいなかったのだ。
 大き目のクーラーボックスにも入りきらない量の肉を、食卓に並べると壮観だった。というかとても綺麗だった。テーブルが2つ肉で覆われた。やたら写真に撮っていたが、まさかこれを女性8人で平らげられるのかというような量だった。
 僕はすぐにお腹が膨れた?ので、きゅうりばかり食べていたが、驚くことにあのテーブルを覆いつくしていた肉がゆっくりだが着実に減っていった。例の和牛は僕に遠慮して手を付けなかったから、10切近く食べたところでギブアップをして(もちろんこれは演技)お願いして食べてもらった。恐らく来日して初めて食べる肉みたいで、おいしさを素直に表現してくれた。
 僕はテーブルに並べられた肉を完食するのを見届けたかったが、仕事をしたかったので中座して帰ってきたが、帰る際に、一人一人にそれも何回も礼を言われた。今まで広島とか京都などに連れて行ったが、これだけ礼を言われたことはない。1か月肉を食べていないのは本当だったのだ。
 僕は喜んでくれて例を言われたことがうれしくはなかった。なんとなく、哀れだった。恐らく日本人の中にも同じような境遇の方がたくさんいるのではないかと思うが、悲しいかな接点が生まれない。もし日本人で困っている方に同じようなことができたら、もっと嬉しいだろうにと複雑な気持ちだった。