予感

 働かないということはこんなことを言うのかと、なんとなく5日目の休みとなると分かってくる。牛窓に帰ってきてからはもうすでに今日で最長の休みになるが、肉体的な疲労感がないかわりに、食べる量と消費するカロリーのアンバランスか、胃腸がどことなく不調だ。それ以外は確かめる術はないが、さすがに頭が働いていないように思う。それらを加味して採点すると、今のところ可もなく不可もなく。ただ、明日、明後日となるとマイナス成長の予感もする。と言うのは今日インターネットで二人の方が漢方薬を送るように言ってこられたが、その瞬間は俄然体も頭も久々に心地よい緊張状態になったから。そしてそれが僕にとってはわずらわしいことではなく、お役に立てると言う小さな満足感を一瞬でも呼び起こしてくれたから。
 たわいもない雑用をする以外、何の生産的な仕事がないことに慣れていない分、戸惑いながら突入した連休だが、過ぎてしまえばと、消極的な評価でもって終りそうな気もする。僕自身は昔人間だから、不慣れで片付けられるが、若い人たちにとっては連休は当たり前の世界。個人経営だからといって許されるものではないのだろう。休んでも働く時代から、働くために休む時代に頭を切り替えなくては次の世代に迷惑をかける。
 日曜日はモーツァルトを聴きに行く。長い休みの最後を格調高い未知のモーツァルトで締めくくる。今度の経験が僕の薬局に根付けば又一つのターニングポイントになる。