錦海湾牡蠣クルージング

 迂闊だった。何十年も無駄にしたような気がした。これからでも遅くないかもしれないが、これからでは遅すぎる。  前島フェリーには、10年に1回も乗ったことがない。どうしても出席しなければならない人の葬儀くらいなもので、住人でもない、島で釣りを楽しむでもない僕にとっては用途はない。ところが僕は大のフェリー好きだから、わざわざ玉野と高松間のフェリーに四国での漢方薬の研究会やかの国の女性達の接待などと言う理由をこじつけてしばしば乗る。  前島フェリーが今日、1時間の遊覧を企画したのを知ったから、これを逃す手はない。前島フェリーは、本来前島の住民のための足だから、片道5分の運行を繰り返す。僕みたいに、ちょっとした船旅を楽しみたい人間にとってはなにぶん時間が短すぎる。それが丁度いい1時間の旅と言うことだから願ってもないことだ。虫明と言うところの沖で営まれている牡蠣の養殖を生で見学するという目的だが、僕には牛窓を海の側から1時間近く眺めることが出来ることの方が有り難かった。と言うのは、前島に渡る5分の間に見える風景でも、普段とは全く異なって見えることに感動するくらいだから、それ以上の発見があることが容易に想像できたからだ。  案の定、景色は全く違っていた。いわば今までは絵画を裏から眺めていたようなものだった。僕は今日発見したのだ。牛窓は本来海から人がやってきて、又海から出ていった町ってことを。僕が郷土史でも書ける人間なら声高らかにこの発見を公表したいくらいだ。何故なら僕は驚いたのだ。牛窓にあるお寺、例えば山の中腹にある本蓮寺や東寺は、海からまっすぐに石段が上っているのだ。普段下を通っている道路から見たらそんなこと気付きもしなかったが、海から見るとそれは計算されているかの如く本堂へとまっすぐ続いていた。そしてお寺の建物も堂々として威厳を放ち、昔の海人達を守っていたのだろうと思った。  お寺に引けをとらないのが、至るところにある神社だ。牛窓神社という山の頂にある神社は別格として、小さな町単位で小さな神社があり、海からいくつもの鳥居が見えた。そして僕が気がつかない間にそのほとんどがかなり整備されているように見えた。近い内に自転車で牛窓をくまなく回ってみようと思った。  今でもそうかもしれないが、牛窓日本のエーゲ海として売りだしている。でも僕は今日確信した。牛窓は古来より海とともに生きてきた町だ。嘗て朝鮮からの使節が立ち寄る町であったし、瀬戸内海の海運が盛んな頃は風待ちの港としても有名だった。牛窓は古く栄えた日本の港町でいいのだ。こんな小さな町に立派なお寺が6つもあり、至るところに神社がある信仰の町なのだ。「板きれ1枚下が地獄」(船で働くこと)で働いてきた人間の恐怖を仏や神に護られてきた町なのだ。  僕は今日の感動をとても言葉では表現できない。僕の文章力で僕が見た光景を伝えることは出来ない。そこであらかじめ妻に頼んで写真を撮ってもらった。ただ撮ってもらったはいいがそれを見て頂く手段がない。フェリーの楽しいイベントの他に牛窓で個々に頑張っている人達の情報を一つに集めたようなものが出来ないかと今日船上で強く思った。取材と編集、僕の一番苦手とするところだが、誰かその分野に秀でている人がいたら是非作って欲しい。

錦海湾牡蠣クルージングと牡蠣の詰め放題 3月8日(土) 3月9日(日) 3月16日(日) 12時 牛窓港出港 牛窓県営桟橋(ファミリーマートすぐ南) 予約 問い合わせ 瀬戸内市緑の村公社 前島フェリー TEL 0869-34-4356 FAX 0869-34-5231 http://www.maejima-island.info/