立ち話

 今朝自分としてはとても珍しい経験をした。職業柄毎日多くの人と会話しているが、そのほとんどは目的を持ってしている。ところが今朝5時頃から延々1時間の立ち話は何の目的もなかった。 隣の駐車場は時々持ち主の会社が草刈りをするが、その後は山際に刈った草をそのままにしていることが多い。何ヶ月もそのままだから、恐らく虫の住処になっているだろうし、誰かが意図的に火でもつけたら山火事になる。だから僕は毎朝、御法度の裏街道ではあるけれど我が家の駐車場に少しずつ放置された枯れ草を運び焼いている。今朝も草が燃える香りを楽しんでいたら、ある男性が近寄ってきて挨拶をした。 僕も早いが向こうも早い。少しだけ向こうが若いと思う。処方箋を毎月持ってくるから勿論顔は知っているし、関西訛りの面白い人物だから、薬局でも一言二言会話はするが、当たり障りのない内容だ。だけどその時間から彼は酒を飲んでいたから口が軽くて今朝は色々なことを教えてくれた。もっとも所詮立ち話だから、深刻な内容はない。それ以前に深刻さは彼には似合わない。 もう何十年も住んでいるのに、牛窓で知っているのは僕ともう1人の男性だけだと言っていた。もっとも、朝早く仕事に出かけ、仕事帰りにはパチンコ屋で時間を潰し、家に着いてからは酒浸りなのだから人と知り合えるチャンスは少ない。だけど彼はそれを残念になんか思っていない。寧ろそうした孤高を楽しんでいるきらいがある。実際は奥さんも子供達も出ていったから、孤高ならぬ孤独を楽しんでいるのかもしれない。ただ、さすがに老後は気になるらしくて、彼なりの老後の考えを教えてくれた。  元々大阪にいた人だが、何かの事情で父親と共に牛窓にやってきた人だ。「俺は都会の人間やから蜘蛛やムカデが苦手やん。コンクリートが似合うねん」と言うが、見るからに牛窓の人間だ。頭の先から足の先まであか抜けた所など微塵もない。根っからの牛窓の遺伝子だ。自分が老いて住めなくなったら、家を誰かに貸して、都会からやってくるインテリ達の集まれるところを作ったらいいねんと、なかなか立派な事を言うが、それを聞いていた僕は親切な助言をしてあげた。「○○さん、牛窓にインテリの集まりを作るのは良いアイデアだけど、それだったら自分は入れんよ」と。  こんなたわいもない会話は学生時代以来ではないかと思うくらい内容のない会話をした。終始ゴルフの素振りの練習のような素振りをしながら話すから「○○さん、ゴルフするの?」と尋ねると「いや、したことがない」と言う。「エアゴルフか!」