テーラー

 この辺りで「テーラ-」と聞くとまず紳士服の仕立屋さんを思い浮かべたりはしない。ほとんどの人が長い荷台をひいている耕耘機を思い浮かべるだろう。荷台を切り離せば即耕耘機になり畑を耕せる。荷台をひっつければ結構沢山の荷物を運べる便利なものになる。軽トラックなんかよりはるかに多くのものを積める。ただ難があるとしたらそのスピードだ。歩くのとそんなに変わらない。  さすがにこの辺りでもあまり見かけなくなった。専らトラックが使われるからだろう。しかし今日その絶滅危惧種みたいなものを見た。それも道路を挟んだヤマト薬局の駐車場に横付けにされているのを。  ある老人が市民病院の薬を娘から受け取っていた。薬局のすぐ前の駐車場には老人が乗ってきただろう乗り物がなかった。そこで老人に「ご主人、ひょっとしたらテーラーで病院に行ったの?」と尋ねてみた。すると老人は「腰掛けときゃあ、勝手に進むんじゃから楽なもんじゃ」と答えた。それはそうだろう。アクセルがあるかどうかも分からないくらいシンプルそうだから85歳の老人でもなんなく運転できそうだ。「それに安全そうじゃもんね」と僕が相槌を打つと「もう牛窓町で最後の一台になった」と得意そうに教えてくれた。処方箋の名前からどこの人かおよその見当はつくが、病院まで1km以上離れていると思う。帰り道の途中に僕の薬局があるから、その為に距離が延びると言うことはないが、それでも往復3Kmくらいテーラーで移動することになる。照りつける太陽を遮るものもなく、風を切るスピードも出ず、それでもゆっくりとしたスピードで帰っていった後ろ姿を見ていて、無駄に修飾せず、力まない生き方も良いものだなあとしみじみ思った。