語彙

 思わず「かっこいい」と思った。口に出したか飲み込んだかは忘れた。  「こうなって、こんな感じで、ここは曲がって、ガラスかプラスチックで囲まれていて・・・」言葉で言っても分からないから、簡単な絵を書いて説明した。するとまだ全てを書ききっていないのに「アイアンのガゼボですか?」と言った。「何?もう一度言って!」「アイアンのガ・ゼ・ボですか?」今度は絵どころではない、彼が発した単語を忘れないために紙に書き留めた。なんだか覚えられそうになかったから、何度か確認しながらその言葉を書き留めた。まるで大切な言葉のように。  娘夫婦が業者の卵に頼んで駐車場に庭園を造り始めた。土が運ばれ、一部が石で囲われた。なんだか庭園を想像できるくらいにはなった。すると僕も楽しみになって、色々と思いを巡らすようになった。随分前のことになるがガゼボなる物をホームセンターで見かけたことを思い出した。それはプラスチックかガラスで周囲や天井が覆われていたから、冬でも庭を楽しむことが出来る。当時はおよそ関係ないことだから漠然と眺めただけなのだろうが、なんとなく思い出して是非それを備えたいと思い始めた。インターネットで探して買うことも出来るだろうが、さてそれを検索する言葉が分からなかった。色々キーワードを工夫して検索してみたが、ついに見つけることが出来なかった。  そこで何年か前に見たホームセンターに日曜日寄ってみた。当然当時見ただろうガゼボはなくて、およそその類のものもなかった。そこで店員さんに尋ねることにしたのだが、下手な絵まで動員しなければ伝わらなかった。でも軽くその単語を発した店員さんに尊敬の念まで浮かんだと言えば大げさだろうか。少なくともプロだなあと感じたのは確かだ。そして何よりもその言葉を知ったのが嬉しかった。これでインターネットの中で縦横に探し回れる。  それにしても何十年も生きて来て、多くの人と語らい、そこそこの活字に触れてきたはずなのに、知らないことがまことに多い。だが、逆にこうした未知の言葉と遭遇するのも楽しみだ。この歳になって語彙が増えるのは小気味よい。試験などでは試されないから知識欲にも汚れがない。心は汚れ切っているが。