誠実

 体の何処に痛くない場所があるのだろうと思われるほどの苦痛を訴え、実際動作を見ていても日常の生活の質の低さは想像がつく。ところが処方箋を見てみると、1ヶ月に1度飲む骨粗鬆症の薬と痛み止めと多くの貼り薬だ。これで1ヶ月なんとか凌いでくださいというメッセージだろうが当事者としては治してもらいたいだろう。ただ医師も知識があればあるほどこの状態を維持することすら難しいことは知っている。だからあの程度の薬を出してよしとしている。  僕に言わせれば、この老婆に出されている処方は自然治癒力が未だある世代の治療法だ。もう地力で組織を回復する力が残っていない世代に飲ませても恐らく何ら効果を感じてもらえないだろう。現代薬の正に苦手とするところだ。  ただ、処方せんを持ってくる人に漢方薬を勧めるわけにいかないし、そもそもこんなに治らなくても病院に通い続ける人に薬局で相談するなんて選択肢はない。たまたま処方箋を出されるから仕方なく薬局に来ているだけだ。薬をもらえればそれでいいのだ。治そうとか治りたいとか、従来僕の薬局を利用している人から感じられる思いが全く伝わってこない。淡々と作業が、儀式が進むだけだ。  健康寿命から本当の寿命まで男は9年、女性は13年。この歳月を楽に暮らすか、苦痛を抱えて暮らすか。選択できるなら全員が前者だろう。その手段として自然の恵みを利用した漢方薬があるのに、ドラッグストアや○○○のせいで価値をおとしめられている。誠実に与えられたテーマを解決するだけで良かった時代は終わった。もっともきな臭い政治の懐古主義とは全然違うが。