違和感

 出来れば一年前に結果を教えていて欲しかった。病院の処方せんを持ってくる方の多くは、薬局では買い物をしない。病院のシステムだから仕方なく処方せんを持ってきているだけだ。再び病院の中で薬がもらえるようになると、一体どのくらいの人が歩留まりするだろう。1割でも残れば大したものだ。  丁度1年前、風邪をこじらせたのだろう彼は処方箋の薬が出来るまで、兎に角咳続けていた。医院で書かれた処方箋を数日毎持ってきたのだが、結局1月近く通って来たと思う。その間症状が進んで、薬局にいる僅かな時間にも100回やそこら咳いていたのではないかと思われる。居合わせた人もかなりいやだったのではないか。彼は薬を待つ間に、僕の薬局の本来のファン達の行動を見ていたに違いない。彼にとっては不思議な光景、色々な病気の人がやってきて、それぞれに適した薬を持って帰る、そんな光景を何度も見たはずだ。1ヶ月も苦しんだあげく彼はやっと僕に漢方薬を作ってと言った。処方箋の患者さんは、医師が治療しているのだから薬局が何か他の治療法を提案したりは出来ない。もしそんなことをしたら紳士協定に反する醜い行為だ。だから気の毒にと思いながらも僕は知らん顔をしていた。 僕は1ヶ月の間、彼の咳を聞いていたから、対処方法も処方もすっかりイメージできていた。だから1ヶ月咳いている人に、地元と言うこともあって3日分だけ漢方薬を作って飲んでもらった。すると4日目に来たときに「少しはいい」と言った。少しはいいでは気の毒だから、2回目は工夫したものを4日分作った。ところがその後音沙汰がなかったのだ。そして1年が過ぎた。  数日前、1年ぶりにまたもや風邪の処方せんを持ってやって来た。娘が薬を作っている間、僕は昨年治してあげることが出来なかったことを詫びるつもりで「去年の咳は結局どうなったの?」と尋ねた、すると彼は笑いながら「2回目の薬を飲み終えた頃完全に治ったんですわ」と言った。彼の症状にあわせて漢方薬を作ったのだけれど、あまりに症状が激しかったのでやはり効かなかったのかと思っていたのが、効いたと言われて嬉しかった。が、それ以上にもっと早く教えてくれていれば、あの処方を他の人にも応用できていたのにと悔やまれた。効かない薬は2度と作らないように、効く薬だけを目指すのが僕のモットーだから、早く教えてくれて自身の手引き書の中に入れておきたかった。  ほとんど奇蹟に近いことをしてあげたのに、今年も風邪くらいで病院に行っている。今日も又、風邪の処方せんを持ってやって来た。昨年を思い出すような咳が少し出始めているのに、やはり僕には相談しない。これがいわゆる病院の患者さんなのだ。仕方がないから薬を取りに来ている人達なのだ。割り切ってはいるが何となく違和感がある。