イ行

 あー、じれったい。うー、じれったい。えーい、じれったい。おー、じれったい。イ行がなくても、兎に角じれったい。だけどじっと我慢の子。暗黙の了解は守る。  うぬぼれではなくて、漢方薬ならもっと楽にさせてあげられる、ひょっとしたら治してあげれると思う人が、熱心に病院の処方せんを持ってくる。ところが来るたびに薬の名前が変わっている。医師が手を尽くしているのだろうが、思うほど薬に反応していない。試行錯誤が処方箋からにじみ出る。  ウツの薬が入れ替わり立ち替わり処方されるから、その分野で困っている患者なのだろうが、どうも僕にはウツのようには見えない。病院で医師と対峙した時に、その人がどのような様子を見せるのか分からないが、少なくとも僕の薬局にいる間は、極めて正常だ。少しイラだが、何十年も前からその様な人だった。日常的な話題を少し楽しんで帰っていくのだが、何ら不都合は見あたらない。性格そのもののような気がするのだが、診察室では病人に見えるのだろうか。どこをどう治してもらいたくて通院しているのか、僕には分からない。  こんな時に具体的に処方を提示できるのが本当の分業なのだろうが、まずそんなことが出来る関係を作っているような薬局は少ないだろう。僕なんてそんなこと全く禁句にしているから分業の風上にも置けない薬局の代表だ。病院派、薬局派と僕の薬局を利用してくれる人は完全に別れているから、薬局派の人には昔からのなあなあの関係で全てが回っていくし、病院派のに人は薬を間違いなく渡すことに専念しているから、処方提示どころか養生の一つも言えない。  ある消化器系の漢方薬を息子に教えたら「あれは、よく効くなあ」と言っていたが、実際にしばしば利用しているみたいだ。例の患者さんも一言声をかけてくれれば息子と同じ言葉をかけてもらえるのにと「いやー、じれったい」 イ行もあった。