ただ者

 決して有名ではなかったのだろうが、県内では実力に於いて上位を占めていただろう漢方薬局の名前がボンボン出てきたから、ただ者ではないなと思っていたら、ただのただ者だった。僕の薬局は、ただ者でないような人が決して来る薬局ではないから安心したが、ただ者でもそこら辺りにわんさといるただ者とはただ者のレベルが違う。 ただのただ者なら痴呆気味の母親のために漢方薬を取りに来ない。さっさと施設に入れて後は無関心でおればいいのだから。しかし、この人は男手一つで面倒を見ている。徘徊したり感情の起伏が激しいと、付き添って優しく言葉をかけ続け、体をもみほぐしてあげる。ウンチで汚したオムツをはずした後には必ずお尻を拭いてあげている。その献身ぶりにただただ驚くばかりで、それこそ僕も爪の垢を煎じて飲めばいいのだが、そこは悲しいかな漢方薬局だから爪ではなく、徘徊や奇行に効く煎じ薬や不眠に効く煎じ薬でこらえて貰った。するとそれがどちらもとてもよく効いて、介護の負担がとても楽になってくれた。公の組織の役員を引き受けて大変忙しい方だから少しでも負担を軽くすることに役に立てれば、僕の免罪符にでもなるかもしれないと都合のいいことを考えている。 介護の様子などとても詳しく話してくれる人で、冒頭の情報通などを含めて一体どんな人かと思っていたら、僕を漢方の世界に導いてくれた人の薬局の常連さんだったみたいだ。だから薬局の情報、それも実力者揃いの薬局のことを良く知っていて、実際に利用もしていたらしい。逆に僕がその人達を知っていることに驚いたみたいだが、その人達全員が亡くなったり廃業したりで、行くところがなく仕方なく僕の所にやってきたのかもしれない。 嘗てなら、圧倒的に若造だった僕は見劣りするだろうが、幸い今は嘗てのその人達の年齢に近づいていて、多くの漢方薬に於ける経験を積み重ねてきた。僕が幸運だったのは田舎の人達が寛容に新米の僕の漢方薬を飲んでくれたことだが、30年も経てば十分お返しが出来ていると思う。  嘗て先輩の漢方薬局で居心地が良かったように、僕の薬局でも接待してあげたいが、先輩の個性とは真逆の僕だからそれには自信がない。ただ漢方薬でなら期待に応えられると思う。ただ者同士、一隅の又一隅、いや又その一隅程度を照らすことが出来れば十分だ。