オリーブ園

 もう20年くらいはゆうに登っていないから、頂上辺りがどの様に様変わりしているのか分からないが、頂上から見える瀬戸内海の風景は昔と同じだろう。手前に牛窓のいくつかの島があり、四国との間にも又いくつかの島がある。この配置は変わり様がない。目をつむれば容易に昔何度も見た風景が浮かぶ。ただそれはあくまで昼の景色だ。わざわざ夜に登る理由はないから、夜の眺望は知らない。 地元と言うよりまさに麓で暮らす僕が、オリーブ園から見える夜の光景を東京からやって来た人に教えられた。目を輝かせて話してくれた女性の高揚感に、そんなに素晴らしいのかと、まるでよその土地の話のように聞こえた。  まずその女性が感激したのは、はるか瀬戸内海を渡ったところに位置する香川県の県庁所在地、高松市の夜景だ。牛窓からだとかなりの距離があると思うが、それでもかなり明るく、そして綺麗に見えるのだそうだ。そして次の感動は、その夜景までの真っ黒の海を月の光が渡っているというのだ。その女性は月の道ができていると表現した。なんてロマンチックな表現だろうと思ったが、恐らくその言葉が自然に沸いてくるような月の輝く夜だったのだろう。  7時を廻った時間だったが、これから家に帰り幼い二人の子供を連れて海水浴場に行ってみると言っていた。大都会の喧噪しか知らなかった子供達に夜の海に映る月を見せてやりたかったのだろう。お子さんの健康のためか、放射能を恐れてか、はたまた他の理由で牛窓に来たのか知らないが、土着の人間以上にこの町を楽しんでいる。