もったいない

 30分くらい帰りのフェリーが走っているから丁度真ん中あたりだ。確かに、前方には玉野の街が、そして後方には高松のビル群がはっきりと見える。晴れ渡っていたら、こんなにはっきりとどちらも見ることが出来る距離なんだと再確認した。気温が一気に上がって、デッキに立って風をもろ受けても寒くて退散するようなこともない。  僕が大学時代を過ごした辺りから訪ねて来てくれた親子に、瀬戸大橋を渡ってもらうために高松駅に送り届けた。行きはフェリーでゆっくりと瀬戸内海を渡り、四国村とうどんを楽しんでもらった後、帰りは瀬戸大橋からの眺めを楽しんでもらう。素人が考えた観光コースだが、瀬戸内海と縁のない大都会から来た人達には受けるのではないかと無い頭をひねった。受けたか受けなかったかは分からないが、少なくとも僕自身が好きなコースだから、僕には相変わらず受けた。最低限それでいい。  小さな旅行だったが、少年には何を見てもらえたのだろう。いくつもの島が浮かぶ瀬戸内海か、目の前をタンカーや漁船が横切る船の往来か、或いは眼下を横切る巨大船か。  でも僕が見て欲しいのは「人」なのだ。民宿でもてなしてくれただろう主。目の前の岸壁に係留された漁船に乗り込む老いた漁師達。車窓から眺める畑で腰を折りながら働く老いた農夫達。手際よく何台もの車を誘導するフェリーの乗組員達。船上の小さなスペースで讃岐うどんを作る若い女性店員。小さな子供をつれた若い夫婦。10トントラックの運転席から降りて客室に上がりすぐに横になる運転手たち。四国村の入り口で車の誘導をするおじさん達。入場券を小さな小屋の中で販売するおばさん。サヌカイトを叩く棒を「どうぞ」と言って渡してくれた幼女。駅前のエレベーターで出口を教えてくれた目の不自由な女性。サンポートビルのうどん屋さんで優しく注文を聞いてくれた店員。  僕らは無数の人の営みの中で生かされている。それらは景色なんかよりはるかに奥が深くて美しい。気づかなければもったいない。