誠実

 この郷土愛はなんだと思うが、プロが言っているのだから単なるホラ話ではないのだろう。 牛窓で旅館を経営しているある男性と、薬が出来上がるまで話をした。そんなに親しい人ではないが、調剤が済むまで待ってもらうのが退屈だろうと思って、いわば接待だった。ただ多くの人が言うように無駄なことなど何もない。僕の知らないことが沢山会話の中に出てきて、少しだけ物知りになった。  その旅館の自慢はやはり瀬戸内らしく魚料理だ。僕らが日常食べている魚が美味しいことは認めるし、実際、我が家に泊まりにきた多くの患者さん達もとても喜んでくれた。そこまでなら素直に受け入れられる。ところがその先は一瞬耳を疑った。瀬戸内の魚は北陸の魚なんかよりはるかに美味しいと言うのだ。僕は北陸とか東北とか北海道と言われると、どうしても遠洋の大きな魚をイメージするから太刀打ちできないと思っていた。ところが彼曰く「小さな近海の魚は、瀬戸内海のものに比べると数段落ちる」らしくて、それが証拠に北海道からわざわざ魚を食べに来る常連客がいるというのだ。信じがたいが信じる。それはその後に続いた彼の説明に納得したからだ。  なんでも瀬戸内海は、潮の満ち引きの差が激しく海水が良く入れ替わっているから、そして潮流も激しいから魚の身がよく締まっているというのだ。それに比べて日本海は池みたいなものだから潮が入れ替わっていなくて、近海の魚の身はブヨブヨだというのだ。北陸の人と同席して魚を食べたとき、どうして北陸の人が美味しいと言って食べるのか分からなかったと言っていた。  近海物と断った上での説明に、それも感情を高ぶらすことなく冷静に教えてくれた彼の説に納得した。これが息巻いたとなるとクエッションマークだが、淡々と教えてくれたから全てを信じる。郷土愛か誇りか知らないが、とってつけたあのくだらない「お も て な し」より数段誠実だ。