飢餓

 物事の動きを説明するのにこれほど確かで力のあるものはない。利害関係、良きにつけ悪しきにつけ、これほど引力を普遍的に備えているものを他に知らない。愛などと日本人にはおよそ馴染みのない言葉、しかし本来的に持っているだろう力を僕も信じるが、それさえも利害関係には勝てないような気がする。唯一勝てるとしたら親が子を思う気持ちくらいだと思っていたが、最近はそれすらとても怪しい。その逆などはもうほとんど存在の気配すら感じないが、絶滅危惧種としての認知は、殺人のおよそ半数が家庭内のものという統計から歴然としている。 この4文字熟語の一番対角線上にあると無邪気に信じていたところまで、この関係が支配していた。最早精神の桃源郷などあり得ないと悟らされた。慇懃を纏い高らかに高尚を唄っても透けて見えるのは利害ばかりだ。  権威など信じない。胡散臭さで異臭を放っている。落ち穂拾いではないが、辛うじて生き残っている不器用ではかない善意を一つずつ拾い集めて精神の糧とした方が、余程腹の足しになる。飢えを満たして満腹にでもなればそれは究極の飢餓だ。