後の祭り

 娘夫婦はこの連休を利用して東京に行っている。いつも参加している勉強会の他に気になる薬局を見学させてもらうらしい。とくに何かに秀でている薬局と言うのではないが、将来どの様な薬局であるべきかを模索している製薬会社が試みに作っているという店舗だ。何かのヒントをもらいにいくのだろう。  嘗て誰もが自然に思い浮かべていたような薬局はもうほとんど消えた。今思い浮かぶのは医院の隣にほとんどプレハブ状態で作られているいわゆる門前薬局か、ドラッグストアだろう。残念ながら我が家は「ほとんど消えた」スタイルの生き残りだから、残っているだけが価値みたいなものだ。僕はそれ一本でやって来たから何らかまわないのだが、これからの人にとっては面白味に欠けるかもしれない。何かわくわく感でもないと、僕の薬局みたいに比較的深刻な人が多く来る薬局では、スタッフの方が持たないだろう。薬局の中に楽しみがないと、これから長い間モチベーションと健康を維持して仕事を続けるのは難しい。  沢山写真を撮ってきてと頼んでいるから土産が楽しみだが、製薬会社が試みるのと僕ら小さな薬局が出来ることとは雲泥の差がある。ただ、治って欲しいと念じる心と、もてなす習慣は負けないかもしれない。生業として3代続いているのだから、それはもう血の中に自然に流れている。  もう充分大人の夫婦になにも言うことはないが「東京に行くのだったら花粉用のマスクをして行かれ!」と助言した。娘達もそのつもりだったらしい。多くの人がもう何もなかったように暮らしている街で、我が身を守る人達の将来の幸運が想像できる。何もしなかった人と、出来ることは全部した人の差がどれだけ広がるだろう。後の祭りの寂しさを病院のベットでチューブにからまれて迎えるのでは空しすぎる。