たらい回し

 これはなかなかお勧めの撃退法だ。  盆と正月にしか帰って来れない弟にとって、このところの母親の衰え様は耐えられるものではないのだろう。つい2年前くらいは町一番の元気で長生きを証明していたような人だが、このところその分野での一人勝ちは怪しくなってきた。記憶は勿論、判断能力も急速に衰え始めた。あれよあれよと言ううちに、出来ることを大幅に出来ないことが上回ってきた。毎日様子が分かる僕と違って、急速な落下は受け入れられないのだろう。  盆に帰ってきたとき、母親をもっと面倒を見るように、ついでに墓も綺麗にするようにと注意を受けた。母親を仕事の現場でこき使うことで緊張感のある日常を提供してきたつもりだが、それはあの衰え方で効果なしと判定されたのだろうか。墓は山の上の不便なところにあるから、蛇と遭遇する危険を冒してまで夏には近寄らない。その他の季節に綺麗にしているから、勘弁願いたい。  さすがにこの正月に帰ってきたときは、実情が理解できたらしくて、僕になにも要求しなかった。母親の衰えに落胆は隠せなかったが、冷静に受け止めていたみたいだった。彼と一緒に奥さんと息子が帰っていたが、帰りの車にもう1人乗れるスペースがあるから「お袋を一緒に積んで帰って」と言った。3人はそれは出来ないと言って笑っていた。次の僕の提案は「3人兄弟でお袋をたらい回ししよう」だった。これにはさすがに困ったらしくて笑いでごまかすだけで返事はなかった。言いながらこれはいい手だと思った。全国の読者の皆さん、介護を強要されたら、あるいはその質を問われたら「みんなでたらい回しにしよう」と提案すればいい。すると相手は素直に引いてくれる。  どうやら暗黙のうちに母親は僕(実際は妻だが)がみるようになっていて、それはそれで我が家も兄弟姉妹みんな全然かまわないのだが、我が家以外の方の参考になればと思って正月の笑い転げた小話を披露した。「みんなでたらい回しにしよう」。なんて素敵な言葉なのだろう。