気後れ

 若い女性の胸辺りを断ってから触らせてもらったが、特別な感触はない。次に指でつまんでさするようにしてみたが、どこにでもあるような素材の感触でしかない。それこそ初めて触れるものだから、どんなに未知の感触かと思ったが、未知と言うよりどちらかと言えば既知に近かった。たとえて言うならば、若い人には分からないかもしれないが、蚊屋に似ている。幼い頃、布団が敷かれている蚊屋の中に入ろうとして、布を持ち上げるときの感触に似ていた。見た目も、濃い藍色だが透けて見えるから蚊屋のように見える。   毎月、若い婦人警官が回ってきてくれる。この辺りを受け持ってくれているらしいが、僕の家は薬局だから、家族の安否だけでなく、劇物や麻薬などの医薬品についても尋ねていく。別に悪いことをしているわけではないから、気後れする必要はないのだが、制服でやってこられると何となく悪人になったような気分になる。それでも回を重ねると親しみが湧いて、今では笑顔で応対できる。隣の県の脱走劇でやはり忙しいらしくて、そんな話題から防弾チョッキを触らせてもらうことになったのだ。後学のために触らせてと頼んだら、快くOKしてくれた。  「これを着ていてもここをやられたらお終いです」と笑いながら自分の喉を指さした。それはそうだろう、喉は無防備に露出している。一見頼りない蚊屋状の繊維も刃物は防いでくれるらしい。見た目よりもずいぶんと頑丈なのだと感心するが、小柄で可愛い女性警察官がそんなもので救われる現場に遭遇しないことを祈る。  どうして警察官になったのか尋ねてみたい気もしたが、そんなことを人に説明しなければならない理由もないだろうし、珍しがられていると感じることは不愉快だろうから言葉を飲んだ。でも本当は聞きたかった。僕が白衣を着ているのも不釣り合いだが、あの若い女性が重たそうな装備を身につけているのも、何となく不釣り合いだ。戦えば恐らく一瞬にして倒されてしまうだろう武術を身につけている女性の不釣り合いにも何となく気後れする。一体何の記憶が僕にそうさせているのか分からないが。