暗黙

 手術をしてくれた先生が「どうしてそんなに良くなったの?」と尋ねたそうだ。 この女性はもう2年間くらい半月毎処方せんを持って来ている。脊椎間狭窄症の手術をしたのだが、調子が幾分かでも良かったのは術後数ケ月だけで、その後は痛い痛いの繰り返しで、生活の質はほとんど元に戻っていた。医師に訴えても、もう異常はないの一点張りで、取り合って貰えなかった。そこをひつこく訴えると、又手術をほのめかされて、泣く泣く我慢をせざるを得なかった。痛み止めは何度も種類を変えてもらったが、その都度少しはいいのかと思うがすぐ元の木阿弥に戻る。処方せんを持ってくるたびに、一人暮らしの心細さと不便さと苦痛を訴えられるが、処方せんの患者さんだから、聞き役に徹していた。  それでも、見て見ぬ振りも残酷なので、数ヶ月前についに漢方薬を飲んでみないとこちらから提案したら、待っていましたとばかり薬を頼まれた。嬉しいことに2週間分で少し好転の兆しがあり、1ヶ月飲んだところで、炊事も掃除も立ったままで出来るようになり、自転車以外で外出できなかったのも、歩いてある程度の所なら行けるようになった。今日も病院の薬を取りに来たついでに、煎じ薬を同じ日数分持って帰ったが、薬局にいた30分の間、余裕の読書にふけっていた。じっと同じ姿勢などとれなかったのだが、今はもう他人には分からないくらいになっている。経験者でないと分からないが、骨格系の病気は寝起きが一番悪いが、今は寝起きになにも苦痛を感じないらしいのだ。笑顔で教えてくれた。  医師会と薬剤師会の、処方せんの患者には何も勧めないと言う暗黙の了解を破ったことになるが、僕は特定の病院の処方箋を受けるいわゆる門前薬局でないから、たまにはいいだろう。年に一人もそんなことはしていないのだから。ただ、本当のことを言うと、信頼できるルーズでおおらかなお医者さんがいたら、漢方薬の力を試してみたいとも思っている。所詮僕が出来るのは、薬局で扱える程度の病気でしかないのだから。試すチャンスもなくノートの中の一角に何十年も閉じこめられている処方がいくつもあるが、それらは当然お医者さんの領域だ。  「ところで先生にどう答えたの?」と尋ねると、その女性は何を今更と思い「別に」と答えたらしい。