井上陽水ではないがほとんど彼の歌の「傘がない~」状態だった。  僕が連れて行ってあげられるのはせいぜいスーパーの中のファミリーレストランかセルフのうどん店くらいだから、娘が気を利かせてくれたのか、今日繁華街の洒落たカフェにかの国の女の子二人と一緒に連れていってくれた。どうしてそんな店を見つけたのだろうと思うくらい、分かりにくい、いや分かるはずがない所にあった。そもそもお洒落な服屋さんの中を通って、2階に上がり、又そこから別の服屋さんの傍の階段を上がって3階にあるその店にたどり着くのだから。ましてその二つの服屋さんは若い女性服の専門店で、商品を所狭しと置かない今のスタイルだから、本来は僕などが入っていけるはずがない。ほとんど父兄という態度で居直ったが、30年前から着ている色あせたスポーツ少年団のジャケットはさすがに不釣り合いだと自分でも感じた。  カレーとオムライス以外はどんな料理か分からなかった。何を食べていいのか分からなかったからランチを注文したら、豆がやたら多いカレー?いやハヤシライス?だった。その上に目玉焼きが乗っていて、サラダがやたら多かった。例の料理が得意な彼女に尋ねたらいつものように「簡単」と喝破していた。味はと尋ねたらこれ又いつものように「まあまあ」の評価だった。女工として日本に来ているが、ひょっとしたら食の領域で可能性を秘めているのではないかと思われるほど自信にあふれている。 僕は次の用事で店の前で3人と別れたのだが、数分歩いたところで傘を忘れたことに気がついた。店内の傘立てに他の客に混じって立てたのだが、その時点で何故か忘れるのではないかと予感がしていた。そもそも家族の誰かがコンビニで買った透明傘で、すでに2カ所骨が折れている。ワンタッチでは開かないが、手で押し上げれば開くので使っているが、さすがにビニールは開いても円にはならない。でも雨は十分しのげるから捨てるに捨てられない。待ち合わせ場所にその傘で現れた時、かの国の女の子が笑うくらいだから、さすがの僕も未練が無くそのまま次の目的地に向かった。 2時間後ある場所で落ち合ったのだが、なんと彼の傘を一人の女の子が持っているではないか。聞くと僕を見送っていて傘を持っていないことに気がついたらしいのだ。そこでカフェに取りに戻ってくれたそうなのだが、ウエイトレスがあんなに壊れた傘を取りに戻ったから笑っていたそうだ。これは娘が教えてくれた。もうどうでも良いくらいのレベルのものだったのだが、僕がしばしば口に出す「もったいない」を覚えてくれての行動だと思う。傘はともかく、彼女達がとった行動がとても嬉しかった。こうなればもう数本骨が折れ、傘をさしてもずぶぬれになるまで使うぞ。