天晴れ

 お昼前に、駐車場にかわいい絵を描いた車が入ってきた。軽四トラックを改造したキャンピングカーみたいな構造だが、何か商売のためのもののように見えた。状況を理解できていないと思ったのか、娘が「モコの為にトリミングを頼んだ」と教えてくれた。その単語を知らなかったが、モコのためと言う言い回しでおおよその見当はつく。  若い女性が車から降りてきて、モコを受け取ってくれた。娘夫婦と何か話していたようだが、1時間かけてモコの爪切りと、シャンプーをしてくれるらしい。僕は調剤室から眺めていたのだが、モコが抱かれて後ろの戸から車に入って行くのを見たとき、心細いだろうなとつい擬人化して考えてしまう。  1時間後に抱かれて出てきたモコは、確かにさっぱりしていて、本人もまんざらではないみたいだ。抱くと、ついさっきまでのベタベタした感じではなく、人の脂が取れている。そして一番驚いたのは、あの悪名高い耳の臭いがなくなっていたことだ。ミニチュアダックスと言う犬種の宿命か、耳の中が臭いのなんのって、銀杏の臭いと同じなのだ。それが全くなくなっていた。女性もそのことにさすがに気がついてくれたみたいで、耳の中をきれいにしておきましたと言っていた。  僕は、モコが綺麗にしてもらえたことにも好感を持ったが、もっと好感をもてたのは、その若い女性がトリミングの出張販売を思いついたことだ。郡部から市内のそうしたお店に行くのには時間をかなり費やさなければならない。だからモコにとっては初めての経験だ。と言うより、前の雑種のクリの時代からそんなことはしたことがない。勝手に高いと決め込んでいたのか、必要を感じていなかったのか知らないが、我が家にとっても初めての経験だ。  女性にどうしてこんなことを思いついたのか尋ねてみた。それまでの経歴で発想したみたいだが、なかなか天晴れだ。犬が好きだからこそ、居心地の悪い仕事内容から脱出したかったのだろう。事務所も実家を当てているそうだから、お金もかからない。隙間産業にはこうした倹約はとても大切だ。まさかこの職業までグローバル化はないだろうが、個人で仕事を起こすのはなかなか難しい時代だ。多くの職業で全国展開する企業に吸収、或いは潰されている。ほとんどの人間が労働者として雇われ食っていく時代だ。そんなときに理想を求めて冒険をするアイデアと気概に感服した。父のあとを継ぐくらいしか出来なかった僕には、そうした発想や勇気が、立派に思える。