大学生活

 夫婦とも大学生活の経験がないから、どんなものかお子さんに説明できないと言って相談を受けた。不安が全面に出ていた文章だったので以下のように答えた。この文章を見て、期待に胸ふくらませてこれから受験勉強に励んでくれるだろうか。尋ねた相手が間違っていたと今頃後悔しているだろうか。

 僕は毎日昼まで寝ていて、みんなが午前中の授業を終える頃学校の食堂に直行しました。110円の定食を食べ、それから柳ヶ瀬という岐阜随一の繁華街に行き、パチンコをしたり喫茶店に入ったりして夜まで過ごします。その後バスでアパートに帰ってきて、仲間と麻雀を夜が白むまでして寝ていました。試験の前だけ学校に行き、過去問だけ丸暗記し、運が良ければ合格し、運が悪ければ落ちました。だから4年制大学なのに5年行きました。こんな生活はいかがですか。僕は一生分あの5年間で遊びましたから、その後遊びたいとは全く思いませんでした。その後の僕の働きぶりはあなたも知っていますよね。もう20年以上のつき合いですから。  1年生の時は野球部に入りましたが、髪が肩まで伸びて顧問の教授に髪をとるか野球をとるかを迫られたので、髪をとると言ってクラブを辞めました。それからフォークソングにのめり込み、弾いたこともないギターをかき鳴らしていました。その縁で多くの先輩や後輩を得ました。当然と言えば当然ですが、見事に劣等生の集まりでした。5年間髪を切らずに伸ばし続けたのですから想像はつくと思いますが、自分でも臭うくらい汚かったです。でもそんなこと全くお構いなく、不完全な自分に居心地が良かったです。何にたいしても頑張らなかった日々です。どうです、楽しそうですか。僕は変わった学生だったかもしれません。勉強をしに行くところで、勉強だけしなかったのですから。  お金は原則として仕送りなしでやりました。最低限のバイトをして足らないのは路上で針金細工をしていた先輩に食わせてもらったりして何とかなったみたいです。僕の人生で学生時代はどう言った時期に当たるのか良くは分かりませんが、何となく価値観だけは出来上がったような気がします。そしてその価値観が未だほとんどぶれていないようにも思うのです。多くの本を読んだこと、多くの会話をしたこと、そんなことが良かったのかもしれません。人生で頑張らない時期をあてがわれたことが良かったのかもしれません。本来は勿論頑張るところかもしれませんが、僕には頑張る理由が見あたらなかったので、輝くことを知らない無彩色の青春だったと思います。大学に行ったメリットを尋ねられましたが、僕の場合、かけがえのない、それでいて頼りない二人の先輩に巡り会えたことと、曲がりなりにも一生使える薬剤師という資格を得たことです。当時はどうでも良かった資格ですが、よくぞ途中で放棄せずに手にしていたと今更ながらに思います。でもあなたやあなたの家族に会えたのも、この免許のおかげですから、感謝しなければならないかもしれませんね。大学生活を楽しめるかどうかは本人次第です。勉強に頑張るのも一つの生き方、クラブ活動に頑張るのも一つの生き方、僕みたいに怠惰を極めるのも一つの生き方。どうでもいいのです。大学生活が楽しいのではなく、親や先生の監視の目から逃れて自由が手にはいることが楽しいのではないでしょうか。そう言った時間が青春期には何年間かあったほうが良いように思いますよ。