姉御

 仲間から「姉御」と慕われているある女性と、よその町のショッピングセンターで偶然会った。駐車場から出ようとしている僕のちょうど前に彼女が運転している車が入ってきたのだ。助手席にはご主人が深々と腰をかけていて、いつものパターンだ。何故かしらいつも奥さんが大きな車を運転している。その町で僕が買い物をしていることに恐らく彼らは驚いて声をかけてくれたのだろうが、僕の方も彼らがこんな遠くの町、それもさして大きくない町で買い物をしていることに驚いた。 その事は1ヶ月くらい忘れていたのだが、今日その奥さんがカゼ薬を取りに来たので先日のことを尋ねてみた。するとその町の前に浮かぶ島でお嬢さんがこの春から働いているらしい。介護の勉強を終え、わざわざその島を希望して就職したらしい。介護職は今引く手あまただろうが、都市部を敢えて敬遠してフェリーでしか渡れない島の職場に毎日通っているらしいのだ。  僕は偶然その島の人を幾人か知っていて、彼らの素朴さにいつも心温まる思いがしていた。その事を言うと「そうなんじゃ、人がとてもいいんで娘も気にいっているし、大切にしてもらっとんよ」と顔をほころばせていた。いつの頃の実績で姉御と呼ばれているのか知らないが、嘗て肩で風を切っていた面影は母親の喜びの言葉の間は影を潜める。まだ十分嘗ての面影は残しているのだが、1時間かけてカゼ薬を届けようとする母親の気持ちは厳つさを隠してしまう。  人の魅力は意外性で増幅される。この親にして介護で老人を助ける志の娘あり、この親にして離島を敢えて志望する娘あり、この親にしてたかが風邪くらいで施設に迷惑をかけるからと薬を届ける誠意あり。全て姉御からは想像できない。  大きな体に豪快な笑いをするからやはり現役の姉御かもしれないが、風貌や言動では分からない繊細さが垣間見えてとても楽しい一時だった。海辺の町で生まれ、海辺の町で育ち、海辺の町で嫁ぎ、海辺の町で子供を育てた。そして海辺の町で老い海辺の町で眠りに就くのだろう。決して華やかさはないが、波では洗われないしっかりとした足跡を砂浜に残している。