招き猫

 今薬を持って出ていったばかりの男性が、薬局の外から手招きをする。薬局の中から手を振れば招きおじさんくらいにはなるが、外から手を振られたら追い出しおじさんだ。70歳、色黒、ダンプに乗っていた頃の面影どおり人相は今だ悪い。そんなおじさんの仕草が全くアンバランスで可愛いのでつられて出ていくと、ワンボックスカーのハッチバック式の扉を開けようとする。さっき、足を引きずりながら痛み止めの薬を買ったのに、重そうな扉を懸命に上げようとするから手伝った。見ていられなかったのが本当のところだ。お腹は嘗てのなごりで出っ張っているが、足などの筋肉は落ちてしまって、行け進めの面影はない。  荷台には大きなキャベツが6個入った出荷用の袋が一つ積んであった。「これを食べんせい」と言ってくれたがさすがに6個は多すぎる。「こんなには貰えないわ」と断ると袋を破って一つだけとりだし、「この一つは残しといて」と言った。 あれ、僕の早ガッテンだったのかなと気がついたが、急に展開を変えるわけには行かない。「我が家の分と娘の家の分で2個もらおうかな」と折衷案をさりげなく出したが、あちらは年長者、プライドがあるから「5個全部降ろされ」と言ってくれる。「それなら母親の家のももらおうかな」と、復活折衝ばりの提案をする。結局は残り5個をもらったのだが、悪いことをした。恐らく数軒の知人に配るために積んでいたのだろうが、僕の図々しさが予定を狂わせてしまった。  あの不自由な足で広い畑を守(もり)し、育てた重量野菜をいとも簡単にくれる。舗装された道路の上でも足を引きずるのに、足場の悪い土の上ではさぞ痛かろう。エアコンのきいた薬局で、口回りの筋肉だけを動かして仕事をしている僕など彼らに比べれば国賊ものだ。恐ろしいような顔の造りをくしゃくしゃにして、遠慮しないでと言うそばから照れている純情が、まだこの町の畔には残っている。春の気配が耕された土中で新たな命を育むが、いつまでも枯れないでと手を合わせたくなる老木もしっかりと根をはっている。  大きなキャベツ5個を遠慮無く車から降ろした。その時、僕の白衣の裾で勇み足の春一番がひと休みした。