教育実習

 上下黒で統一したスーツを着て背筋が伸びていたので、凛とした感じだった。幼い顔つきだったが、精悍さも感じた。強い意志を持った女性だと直感的に感じた。僕の薬局に来るのは初めてだったから、恐らく何処ででも取る態度を取ったのだろうが、自分でカゼ薬を捜そうとした。僕はカゼ薬だって必ず問診する。そして基本的には僕が薬を選んだり作ったりする。既成の製品でいいのならそれを出すし、特殊な病態や慢性化したものなら迷わず漢方薬を作る。 恐らく彼女にとっては初めての体験なのだろう、少し戸惑ったみたいだが、素直に僕の質問に答えた。風邪薬と言ってきたのだが結局、今一番治したいのは声がかれて出難いことだと分かった。そのほかの症状はなかった。「喋らないのが一番効くよ」と冗談のような真実を言うと「教育実習で来ているから喋らないわけにはいかないんです」と答えた。なるほど、彼女の凛とした姿がそれで理解できた。学校の傍に薬局があるから、先生方の動向も理解しやすい。夜10時近くまで毎晩校舎に電気はついているし、早朝からクラブ活動の指導をしているのも知っている。土日も体育館には先生方の車がある。親がやるべきことの多くを先生方が代行しているのも世の風潮として推察できる。結構過酷な職業と言っていいのではないか。子供の数が減った昨今、採用試験に合格するのもかなりの難関だろう。そんな諸々の「大変」に飛び込もうとしている確固たる意志が彼女を覆っている。ほんの偶然、数分の出会いながら、僕は彼女から少しだけ生命力という、僕にも嘗て少しはあったものをもらったような気がした。若くて努力している人だけがもっているエネルギーというものがある。何ボルトか何万ボルトか分からないが、腐ってメーカーの名前も分からないような電池の僕には収まらない。  「これで声が出るようになるから、頑張ってね」と送り出したのだが、見知らぬおじさんの声援にはこんな理由があったのだ。真っ赤なスポーティーな車で彼女は帰っていった。格好良くて、すがすがしい新型のウイルスを残して。