難民

 さわやかな朝の空気をどのくらい害されているのだろうと考え込んでしまう。さて、今日も1日頑張ろうと、夢の中に昨日までの煩わしさを閉じこめて深呼吸しているのに、聞こえるのは非難めいた言葉ばかり。良くもそれだけ人を批判できるなと、うぬぼれ加減にうんざりするが、チャンネルを変えても同じような汚い言葉、自信に満ちた言葉、否定ばかりの言葉が溢れている。 どんな人間だって、あるいは政党だって、いいところも一杯持っているし、いたらぬ所も一杯持っている。自分に都合が良ければいい人になり、不都合なら悪い人になる。でも他者にとっては評価が簡単に逆転する。絶対的に悪とか絶対的に善とかは、人間の営みの中にそんなにあるわけではない。  ニュースを淡々と伝えてくれればこっちが勝手に判断するのだが、感情を、それも悪意に充ちた感情をむき出しの言葉の繰り返しは聞くに耐えられない。徐々に交換神経を亢進させて活動モードに切り替えていこうとしている矢先に、一瞬のうちに戦いのモードに切り替えられるから、自然な血液循環は阻害され、筋肉は硬直し内臓は痙攣する。 これだけ朝から揚げ足取りを見せられたら、クレイマーを増殖させられているようなものだ。誰もが何かに因縁をつけ、あわよくばと言うのを推奨しているようなものだ。自分のことを堂々と棚に上げる訓練をさせているようなものだ。所詮テレビ局なんか金儲けの単なる会社だから、期待することはないが、僕はそのくだらないワイドショーとやらのスポンサーになっている企業に注目している。良く覚えておいてたった一人の不買運動をしているのだ。批判、非難ばかりのくだらない人間を画面に登場させることを許しているスポンサー企業のものは絶対買わない。朝の破壊者たちを兵糧攻めにするには不買運動が一番いい。誰でも簡単に出来る。僕一人の抵抗では何の意味もないが、そこまでしないと不愉快な気持ちにさせられる実害に気が済まない。  せめて心地よい番組はないかと、テレビのチャンネルをせわしなく変えるが、このチャンネル難民に当分帰るところは見つかりそうにない。