不都合

 ヨーロッパでは、新型インフルエンザのワクチンが大量に余って、廃棄処分しなければならないくらいになっているらしい。それはそうだろう、マスクをする習慣すらなく、風邪などは自分の力で治すのが当たり前の国の人達にとって、弱毒のインフルエンザで予防接種をするなんて考えられないだろう。人間には病原菌に対して戦う力が備わっていて、戦ってこそ得られる免疫でより強くなれる。だから長寿の人は意外と若いときに体が弱くてと言う人が多い。病気の度に自衛隊が増えていってより強い体になったのだろう。彼らにとっては免疫を獲得するためにインフルエンザにかかるリスクより、ワクチン接種による副作用の確率の方がより興味があるのだ。お国柄とは言えかなり価値観に差がある。 食事の時になんとなくつけているテレビを見ていて最近とみに不愉快になることが多い。この新型インフルエンザしかり、やたら恐怖を煽り、やたら行政や政治を非難し、まるで自分たちだけは正しいというスタンスが余りにも目につく。視聴率を稼ぎ広告収入を増やすことだけが唯一の目的の人達に正義や善行や謙虚を求めるのは所詮無理なのだろうから、もうこうなったら見ないのが一番精神にも良く、自己防衛しなければならないことが分かってきた。偏見ぶりも最近は露骨になっているから、正しい知識や正しい判断力はより活字に求めなくてはならない。くだらないタレントの無芸ぶりや責任を伴わない輩の言いたい放題にはうんざりだ。上手く立ち回っている人間達の生活の糧と僕の自尊心とを物々交換する気はない。  このような番組を見さされている国民って、いったいどんな方向に進んでいくのだろう。責任感は養われずにやたら攻撃的で、自分さえよければって方向に進んでいかないのだろうか。考えてみたらいい。そんな人が溢れている社会で安心して暮らすことが出来るだろうか。その様な環境よりは恐らく物に不足した環境の方がはるかに暮らしやすいのではないか。ただのテレビ番組と言ってしまえばそれだけだが、その「ただの」が人の神経伝達物質を駆逐して自分で増殖しようとしている。良心的な企業しか残れないと言うメッセージをチャンネルを変えることやスイッチを切ることで知らしめなければならない。元は企業に勤める善良な個の集団であるはずなのに、一度集団となったらハンドルもブレーキもなくなる。善意ってお金を稼ぐには不都合なのだろうか。