細菌

 部屋中に衣装が飾ってある若い女性の、半年間洗っていないジーパンの雑菌を調べたら、およそ1000万個の雑菌が付着していた。これは排水溝の中と同じくらいの数になるらしい。この事実を知ってインタビューをされていた人達は驚いていたが、僕は逆に安心した。  何万年か、何十万年か知らないけれど、どうせ人間もそれらのものと共存して生き延びているのだから、今更分離する必要はない。寧ろ忌み嫌って排除すればするほど共生関係が崩れるのではないかと思う。何かを売らんとしていたずらに除菌を標榜するが、そんなものに乗せられて清潔志向に走ってしまうと、免疫力が落ちてしまう。清潔を得ようとして抵抗力の無さを手に入れたりしたら元も子もない。  テレビで検体として登場した女性などどちらかと言えば朝からでもシャンプーしそうな人で、清潔派だと思うのだが、それでも1000万個だから、普通の人はもう諦めた方がいい。ジーパンを洗うものだとは思っていなかった僕など、何億個の細菌と共存しているのだろう。排水溝どころではないだろう。下水処理場くらいか。汚水槽の中か。  ジーパンはそれでも破れるからこの僕でもさすがに何年かに一度は代えるが、運動靴は破れないからもう10年以上同じものを洗わずに履いている。靴の中の細菌数は億ではきかないのではないか。もっとも心の中は、大人になって一度も洗ったことがないから、無数の雑菌が住みついている。その細菌のおかげで苦しみも哀しみも少しは軽減される。心の免疫が働くのだ。無菌室で育った人達が少しずつ僕のばい菌が移って強くなって、心のトラブルから解放されるから僕の汚れぶりも少しは役に立っている。化学が発達して今では心の抗生物質も作られている。心の中まで除菌して治そうとしているが、哀しいかな抗生物質の限界で、良い菌も悪い菌も殺してしまうように、良い心も悪い心も殺してしまいそう。  自然の摂理は余り人為で動かさない方がいい。動かないから摂理だったのに。それまで支配して何を得ようとしているのだろう。