動物園

 受話器を置いてから、僕は貴女が住む町がどの様なところか知りたくなりました。何故なら「いい所なんだろうな?」と僕が質問した時、貴女が間髪を入れずに「良い所です」と答えたからです。僕は、北海道の厳しい冬を紹介されるときにしばしば耳にする地名くらいの認識しかなかったのです。寒さの代名詞みたいな町と思っていました。だから実際北海道のどの辺りに位置するのかも知りませんでした。 間違っていたらごめんなさい。まず一番に飛び込んできたのが最近とみに有名になった動物園の名前だったのです。家族に動物園に行くような対象年齢の人間がいませんから、そんなに興味を引かれるような施設ではないのですが、アイデアで勝ち取った入場者の多さや質の高さなどがしばしば放映されるものですから、否が応でも知るところになります。動物園を喜ぶ家族がいて、もっと近かったらと思いますが、なんと飛行場が近いのですね。2つあるように思いましたが。勿論鉄道も通っていて考えてみれば牛窓なんかよりはるかに都会なのですね。牛窓が勝てるとしたら、気温の高さくらいなものかもしれません。貴女と話していたら、人情においても到底勝てるように思いません。貴女の優しくてゆっくりとした話し方は、まだ見ぬ草原に僕を誘うし、脱線を知らない貴女の生き方は、凍り付く冬の景色を思い起こさせます。弛緩した精神で心の中まで湿気を含んだ潮風に洗われている僕からすれば、病気なのは貴女ではなく僕の方です。  貴女がちょっとだけ列車を脱線させて、用意されたレールの上以外を走らせれば、貴女が苦しむような心模様にはなりません。脱線しっぱなしの僕の話や、報われることと縁遠く、それでもなんとか笑いで毎日をごまかして生きている人達の話を聞けば、天から降るのが清楚な雪だけではないことに気がつくでしょう。  僕はあなたも又病気だなんて全く考えていません。青春の落とし穴に落ちたとても魅力的な女性だと思っています。何ら困難に遭遇せずに、何ら人生に疑問を抱くこともなく、人の目も気にならずわがままに生きていくことが健康ではありません。悩み苦しみ、そして報われる。そんな繰り返しが健康的な生き方ではないでしょうか。心も身体も全く元気なのが健康ではありません。哀しみや苦しみを克服しながら生きていくのが健康ではないでしょうか。電話で話したように、冷静に科学的に自分の症状を見つめてください。不思議なことは起こらないのです。起こらないから不思議なのです。 零下何十度にもなるところに住む貴女の心は温かいです。寧ろ温暖なところにすむ僕の心の方が凍っているように思えませんか。