心境

 ついに迫ってきた。数年前には、その光景を想像して羨ましいと感じていたが、その光景が現実のものになった。ただ僕はまだどちらにも遭遇していない。  牛窓のことならこの人に聞くのが一番と言うその人物は、牛窓の人ではない。ただもう何年も、ひょっとしたら牛窓営業所が出来てからずっと所長のままかもしれない。毎日トラックを運転する運転手さんだから、いわば、監督とプレーヤーを兼任する野球選手みたいなものだ。だから牛窓のことは熟知していて、あっという間に情報が入る。時にはこちらから教えてもらうこともあるが、お喋り好きの彼から教えてもらうことの方が多い。勿論個人情報ではなく、公になってもいい情報だけだが。彼もまた僕たちと同じ個人情報には神経を尖らせているから、その点の信頼は厚い。規模が違うが会社が同じ名前だから親近感を持っている。  前置きが長くなったが、今日オリーブ園の頂上にあるおみやげ物屋に荷物を運ぶときに、いのししを追いかけるように上って行ったそうだ。車の前をいのししが逃げた構図になったのだろうが、本当に迷惑そうな顔をしていた。と言うのはつい先日は、知り合いの人が同じ牛窓で、それも僕の薬局から車だったら10分もかからない所で鹿とぶつかって車が大破したのだそうだ。この大破は素直には受け入れがたい表現だが、要はそれなりに壊れたと言うことだろう。オリーブ園はさすがに山の上だから分からないこともないが、鹿と遭遇したのは民家がかなりあるところだ。勿論牛窓だから畑も多いが。  こうした情報をもらうと嬉しくなるが、実は土曜日に、ある患者さんから、最近いのししが出るようになって、作物を根こそぎやられると愚痴を聞かされたばかりなのだ。今日のクロネコヤマトの運転手さんの話と重ねると、信憑性は格段に上がった。数年前、兵庫県境に近い町の人たちの話を羨ましく聞いていたのがついに現実になった。  ただこれを手放しで喜んでいたりしたら、それも公に喜んでいたりしたら、お百姓さんの顰蹙を買う。僕はなんとなく、荒れた農地が山に返る姿を多く見かけるようになってから、地球を動物に返してあげてもいいのではないかと最近思うことが多いのだが、治水の面から言っても言語道断だろう。経験も知識もない僕が、ただロマンだけで発言は出来ないから、この心境は心に秘めておこうと思う。牛窓の人が、特に農家の人がこの文章をどうぞ読まないように。