劣化

 最近の午後7時は真っ暗だが、まだ町が眠っているわけではなく、車の通りも多い。その時間帯にちょうど僕は岡山市から牛窓町に入る峠に差し掛かっていた。対向車とすれ違ったすぐ後だったからライトは下に向けていた。前方に何か障害物が見えたから用心しながら近づくと、いのししが4匹左車線にいた。大人のいのししではなく、さりとて赤ちゃんでもない。その中間くらいの大きさのいのししが僕のライトで目を光らせた。ゆっくり近づくと当然いのししは逃げると思ったのだが、4匹とも動きを止め僕の車の前から少しの間動かなかった。車に驚かないというか、車を恐れないことにびっくりした。このあたりでいのししが出ることはしばしば薬局に来る人から聞いていて、畑をあきらめたりしている人を何人も知っている。一瞬僕はその人たちのことが頭によぎって、アクセルを踏んで退治することも考えたが、生きているものを殺すということはよほど神経が据わっているか、よほどその意味を知り尽くしている人にしかできない。一瞬よぎったものの1%の確率も実行する勇気はない。農家の人たちの窮状を聞いていて、猟師になって鉄砲で退治してやりたいと本気で思うが、よほどの覚悟がないとそれもできないのだろう。遠くから引き金を引くのと、目の前で車でひき殺すのとではこちらの心の負担があまりにも違う。
 今はどこの町を走っても、道路沿いに背丈以上の草が壁を作っている。走りながら荒れた土地がやたら目に付く。牛窓に限ったことでなく、あの草むらに多くの獣たちが潜んでいるのだろうと想像する。せっかく長年かけて整えてきた農地が簡単に荒地と化していく。あたかも工業のほうが勝っているかのような世情に、人の心とともに農地が荒れていく。季節によって作物が衣を変えていく、そんな何気ない、そしてありがたい光景をもう見ることはできないのだろうか。自然の恵みをいただいていた人間が、石油からできたサプリメントをありがたくいただく人間に代わった。恐るべき劣化に付き合いたくもないし見たくもない。