鹿

 ゆっくりと歩みを進めながら入って来た女性は、数か月前に長年患っていた脊柱管狭窄症が、市民病院の先生のおかげで改善した方だ。それがまた同じような苦痛の表情で入ってきたから、心配になって尋ねてみた。すると昨日の夕方暗くなったころ、畑から帰宅中に鹿とぶつかったらしいのだ。僕は「鹿には勝てないだろう」と言ったのだが、歩いていてではなく車を運転していて鹿とぶつかったらしい。
 その方の家路は県道を通るのだが、家の近くは片一方は山、もう一方は畑が広がっている。鹿が県道を横切っていたみたいで突然フロントガラスに鹿の顔が現れたらしい。びっくりしたと言うがそれは容易に想像がつく。映像の世界なら面白いだろうが現実に起こったらそれは驚きだろう。ただ、車が鹿にぶつかったくらいでどうして女性が痛み止めを処方されたり足を引きずるのか理解できなかった。しかしそれは体験者の証言に勝るものはない。車がへっこむくらいのの衝撃で、膝を打ち、首もむち打ちになりで、かなりのダメージみたいだ。「怖い」を何回繰り返しただろう。
 思えば牛窓町牛窓、長浜、鹿忍の3つの町から構成されている。女性が鹿と遭遇したのは牛窓だが、地名が付いたのがいつの時代か知らないが、何百年、いや千年の時を経て、地名が付いた頃、おそらく鹿がたくさん飛び跳ねていた頃に戻りつつあるのだろう。
 科学だけを異常に発展させた人間に対して地球は、リセットのタイミングを計っているのかもしれない。