今日は薬剤師

 ストレスによって腸内細菌が変化することは1940年代から報告されていたが、最近は逆に腸内細菌が脳に影響を与えていることが明らかになりつつある。 身体的、あるいは肉体的なストレスによって大腸菌ブドウ球菌などの有害菌が増え、乳酸菌やビフィズス菌が減少する。そのあげく普通の体力さえあれば感染しないウイルスなどにもたやすく感染するようになる。例えば宇宙飛行士は飛び立つ前から有益菌が減少し始め、有害菌(ウェルシュ菌大腸菌赤痢菌、サルモネラ菌)が増える。阪神大震災の後には日和見感染の原因になるカンジタや緑膿菌が増えていたそうだ。最近は、ストレス時に消化管局所で放出されるノルアドレナリンによる直接的な影響が注目されている。実際に、ノルアドレナリンに暴露された大腸菌は増殖が活溌になり、病原性を高めるそうだ。すなわち、ストレスに暴露されると病原性感染を起こしやすくなるってことだ。  僕が最近のこの様な研究発表に触れて一番参考になったのは、多くの過敏性腸症候群の人をお世話してきた印象から感じていたことと一致する以下の点だ。  生体にストレスがかかると、視床下部から副腎皮質刺激ホルモンが放出されコルチゾールが放出される。これは急性ストレス時に於ける生命維持に不可欠なのだが、慢性時に同じようなことが起こると海馬での神経細胞のアポド-ジスが起こり記憶などの高次の機能が深刻な障害を受けることが分かってきた。すなわち急性のストレスがかかったときは恒常性維持に重要な役割をはたしているのに、現代のような慢性的にストレスがかかる時代には病気の発症や増悪に関与している可能性が高いってことだ。  同じ遺伝子を持つ動物でも、発達期にマイルドでコントロール可能なストレスに繰り返し暴露された個体は、ストレスに暴露されない個体より成長後に於けるストレス耐性が強いことが知られている。マイルドにストレスに繰り返し暴露される際に活性化される脳の部位と腸内細菌によって活性化される部位に共通点があるらしいのだ、。腸内細菌の定着や変動は宿主から見るとマイルドなストレスに他ならないから、脳に生存競争にうち勝つ様々な恩恵をもたらせていると考えられる。  難しいから簡単な例で言うと、お腹の中で色々な菌がせめぎ合いするのは、歓迎すべき良いストレスってことだ。無理にスポーツやしつけで鍛えなくても、お腹の中を綺麗にするように心がければ、成人して心の強い人になるってことだ。僕がウツウツや過敏性腸症候群の方にほとんどその手の作用を期待したものを飲んでもらっていることの正当性が、はからずも証明された文章だ。僕は自分で理由づけることは出来なかったが、いつか僕の漢方の先生がふと漏らされた言葉で思いついた。その年から恐らく多くのウツウツや過敏性腸症候群の方の治癒率が上がったと思う。ウツウツや過敏性腸症候群の方は、腸内細菌の環境を整えることも同時進行でやっているから、「試してみる」だけは止めて欲しいと思う。ほとんどの方にどの段階かでは効果を出せるはずなのだが、「試してみる」人にはやはりのっけから無理なのだ。  大学の先生が発表された文献を要約したから、うまく伝えるのは難しかったかもしれないが、僕の漢方薬が、心の不調に関してよく効いてくれている理由が自分なりに分かって、とても嬉しい日になった。