経験

 他の職業でも同じかもしれないが、年齢を重ねて得なことが一つだけある。頭も体もなかなか健全ではあり得ないが、経験だけは知らない間に積んでいるのだ。その経験が意外と大きな力を持つ。 こと僕の仕事で言うと、相談者が訴える体調不良のほとんどを理解できるのだ。若いときなら文章で読む程度の理解度でしかなかったが、今なら自分自身の体験や、多くの同病者の体験から、詳細に苦痛を理解できる。そしてそれに対する処方も、多くの成功体験の中から選択すればよいだけの簡単な作業で見つかることも多い。それこそ若いときなら色々な資料に目を通して答えを見つけださなければならなかったし、答えに到達できないこともしばしばだった。その上、相談者に選択した漢方薬を飲んでもらって、功を奏することの確率の低さに落胆の連続だった。 僕の大先輩達を見ていても、年齢が上がるに連れて使われる処方が段々蛋白になっていくような気がする。恐らく多くの経験によって、自然治癒力をうまく導き出すことに長けてきて、簡単な処方で効果を出すことが出来るようになるからではと思っている。僕はまだまだそこまで到達できないから、研ぎ澄まされた処方ではなく、鈍器のような処方しか考えられないが、効果だけはしぶとく7割以上をキープできていると思う。  僕が漢方薬を勉強し始めた頃は、今のように大手製薬会社が「売れればよい」漢方薬を作ったりしなかった。ほとんどが目の前にいる人のために懸命に知恵を絞っていた。ところがあの限りある資源を、企業が消費者の胃袋に捨てて巨万の利益を得るようになった。自然の恵みを採りつくして後の世に残さない、これは裁くことは出来ないけれど立派な罪ではないか。