奥歯

 職業柄、あるいは偶然僕がお世話している傾向柄、愛おしくなるような患者さんが多い。過敏性腸症候群やウツウツの人の中には、善人がとても多く、誰にも迷惑をかけずひっそりと暮らしている人が多い。持っている能力の何分の一も出すことが出来ずに、歯がゆい毎日を送っているのに、尚取り繕うことばかりに身も心も費やしている。僕はそうした人達に目一杯自由を謳歌して貰いたい。自分自身で作った束縛は勿論、社会や他人のそれもうち破って欲しい。  「昼前にお煎餅を食べていると、奥歯が欠けてしまいました!これから歯医者さんの予約を取ろうと思います。あの緊張感と動けない怖さでずっと避けていたところですが、今なら行けそうです」今日僕を一瞬ニコッとさせてくれたメールだ。このメールをくれた若い女性とは一度だけ会ったことがあるが、それこそ不自由を纏って暮らしていた。そんな彼女が今日僕を一番リラックスさせてくれた。偶然今日は県外からの過敏性腸症候群漢方薬の注文が多くて、作り続けていたのだが、そんな中で読んだメールが一度に僕の交換神経の緊張をとってくれた。  僕達は日々ちょっとした善意や機知や親切に支えられて生きている。ほんの小さな出来事でも、その質が良ければ多くの苦痛を帳消しにしてくれる。何気ない日常の一こまを紹介してくれただけでも、人をくつろがすことが出来る。僕はそうした日常何処にでも転がっている意図しない良質に救われることが多い。  多くの愛おしい人達、決して自分を卑下しないで、堂々と生きて欲しい。