小指

 「何じゃこりゃあ、僕のジーパンの方がまだましじゃないか」  ついにジーパンが2箇所破れてくれたので、これで新しいのを買ってもいいかなと思って、日曜日に決まって昼食を食べるスーパーの衣料品コーナーに行った。ややこしい言い回しだが、他の店に入ったことが無くて、そこのスーパーは食堂の近くに衣料品コーナーがあるから親近感があるのだ。わざわざ感が無くてその手のものにはめっぽう敷居が高い僕でも自然な流れで買い物が出来る。  以前から左側の前ポケット辺りが破れかけて白い糸が数センチ四方露出していたのだが、ついに左膝上が長さ10cmにわたって水平方向に破れた。椅子に腰掛けていると上下に3cmほど口を開ける。この格好で今日も深刻な漢方相談をしたのだが、来られた方も納得されたのではないか。顔はよくても品がない、知識はなくてもよく効く、服代がいらないから漢方薬が安いと。  ようやく自分で納得が出来るくらいにボロボロになったから、勇んで買いに行ったのだが、陳列してある中で特別格好いいなと思ったジーパンが、僕のジーパンとそっくり、いや僕のジーパン以上にボロボロではないか。僕のより数倍多くの箇所が破れている。それももっとひどく。こんな最初から破れて、しかも色が褪せているものを売っているのだったら、僕のものなどまさに現役の人気商品だ。  それを見て買う気が一度に失せてしまった。当分破れジーパンで行くことにした。すると妻が、橙色のズボンがあるからそれを履いたらと教えてくれた。僕も一度足を通したことがあるのだが、窮屈だけど履けないことはなかった。ただあのズボンは確か10年以上前に従姉妹の娘に貰ったものと思うのだが、僕にくれたものだろうか。あのズボンを履いて薬局に立つ時はやはり小指を立てるべきだろうか。